2017年06月15日

違いを作り出す科学

2017年6月14日
ケンブリッジ大学動物学部
天野達也


「明日、リュックサックを持って海外へ行け」

とは、サッカー選手の本田圭佑氏がテレビ出演した際に、Jリーガーに向けて言ったとされる言葉です。私は直接見てはいないのですが、インターネットによると、「日本にいると分からないことがあるから」という理由がその後に続けられています。

研究者とサッカー選手のようなプロスポーツ選手には、いくつか共通項があるように思います。どちらも自分の能力に頼ってその道を追求していく点、日本でも海外でも活躍する場がある点などです。それではこの「明日、リュックサックを持って海外へ行け」というメッセージは、研究者にもそのまま当てはまるメッセージなのでしょうか?もしそうであればどういった理由があるのでしょうか?

実はこの問いは、私自身も時々日本で意見を求められる内容でもあります。
「やっぱり海外での研究経験は積んだ方がいいでしょうか?」
「海外に行ってどんなことがよかったですか」
等々、聞きたくなる気持ちは私にもよく分かります。誰しも海外での研究経験に何かプラスがありそうだとは思うでしょう。ただ同時に多くの人にとって、直感だけではなかなか海外に行くという決心はつかないかもしれません(直感で決断できる人は明日海外に行ってください)。特殊な言語を話すほぼ単一民族の島国で生まれ育った日本人にとって、海外へ出ていくというのは必然的に大きな挑戦となります。海外に行くとどんないいことがあるのか、それが少しでも分かれば、そんな挑戦をするための後押しになるかもしれません。

とは言うものの、正直なところ私は「海外での研究は以下の**個の利点があるから今すぐに行くべき!」といったような文章を書くことにはかなりためらいがあります。というのも確かに私は現在イギリスという「海外」で生活して研究をしていますが、私の経験はとても限られたものだからです。海外でどんな経験をしてどんな研究ができるかは、地域、国、都市、そして所属機関によって大きく異なるでしょうし、感じることや考えも時が経つにつれて変わっていくでしょう。そんな中で自分の経験と私見を一般化する勇気は私には到底ありません。

しかしながら、まぁそんな固いことは考えずに今自分が考えていることを文章にするのも何かの足しになるかなという気持ちが半分と、鳥学会の広報委員としてほとんど仕事ができていないという個人的な罪滅ぼし半分で、こちらに来て得ることができたと思うものについて、最近感じていることを書きたいと思います。できれば他に海外での研究経験がある方や、または全く経験がない方からもご意見を聞いてみたいとも思います。


イギリスに住むようになってから頻繁に聞くようになったものの、それまではあまり聞きなれなかった英語のフレーズというものが多々あります。そのひとつが

“make a difference”

というフレーズです。直訳すれば、「違いを作り出す」、より正確には、「人や物事に重大な影響を及ぼす」「既存のものを変化させる」「影響を及ぼして改善する」といった意味合いが全て含まれるような、便利なフレーズでもあります。日本語でも、例えば特別な才能をもったサッカー選手のことを、「違いを作ることができる」などと表現することがありますが、この英語フレーズの影響なのではないかと思っています。

私は今、ケンブリッジ大学にあるDavid Attenborough Buildingという生物多様性保全に関わる人々が多数集まっている研究拠点に所属して、保全科学を専門とした研究を行っていますが、この建物の中でもこの“make a difference”というフレーズは頻繁に利用されています。そしてこの短いフレーズに、ここに来てから学んだ大きなことが凝縮されているのではないかと感じているのです。

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David Attenborough Building

少し前の話になりますが、昨年末に“Languages are still a major barrier to global science”という論文を発表しました。この論文のメッセージは、言語が科学、特に生物多様性保全のような環境科学の発展や活用に対して、二つの側面で「障壁」になっているということです。

言うまでもなく英語は今や科学者にとって世界の「共通語」ですが、実際には世界中で英語以外の言語で書かれた学術文献も毎年数多く出版されています。これら「非英語」の学術文献はその言語を理解する人々以外にとって、つまり国際的には、言語の障壁によって「目に見えない」科学的知見として埋もれていることになります。一方で、英語を母語としない人々が科学的知見を(例えば自身が住む地域で行われる保全活動のために)利用したいと考えても、世界の多くの重要な知見が英語で発表されている現状では、やはり言語の障壁がその利用を妨げていると言えるでしょう。この論文には日本語の要旨も付録されていますので、興味を持たれた方はこちらをご一読いただければと思います。

これらの問題は、日本人であれば誰でも当然のように知っている事実だと思います。日本語で発表されている多くの有用な論文は、国際的には陽の当たる機会がなかなかありません。また多くの日本人にとって、英語の文献を読むことは日本語を読むように容易ではありません。こういった問題はもちろん私自身、海外に渡航する前から常々感じていることでありました。しかし、この問題について今回こうやって論文として発表することができたのは、海外に拠点を移したからこそだと思うのです。

そう考える理由のひとつは、単純にこの論文を書くにあたって必要だった情報へのアクセスという側面からです。

この論文では、学術論文の発表数が多い16の言語について、生物多様性保全に関わる論文の出版数と関連した雑誌を調べているのですが、当然のことながらその過程で各言語を母語とする研究者の協力を得ることが不可欠でした。スペイン語やポルトガル語、中国語のみならず、トルコ語やペルシャ語からポーランド語まで、果たして全ての言語の話者がそう簡単に見つかるのだろうかと思っていたのですが、自分でも驚いたことにその多くはこれまで6年間ケンブリッジに滞在していた間に出会った知り合いの中から簡単に見つけることができたのです。ポルトガルやメキシコ、コロンビアから来ていた学生、解析の相談にのったドイツ人の学生、トルコから来たポスドク、オランダ人やポーランド人の訪問研究員、学会で知り合ったイランからの学生、中国の共同研究者等々、公私にわたってこれまで関係を築いてきた彼ら彼女らは、連絡を取ると私からの要望に快く協力してくれました。出不精の私がこれだけ多くの人とつながってこられた理由は、世界中から様々な人が訪れては去っていく、ケンブリッジという大きな研究拠点に滞在しているからに他ありません。

そしてもうひとつ、より重要だと思うのは、自分自身の中にある科学に対する態度の変化(手前味噌ながら成長、といってもいいかもしれません)でした。

こちらに来るまで、私は生物多様性保全に対して科学者が果たすことのできる役割をかなり懐疑的に、むしろ諦めにも近いような気持ちで、見ていたように思います。保全生物学者としていろいろな研究はできる。しかしその研究が対象とした種や生態系の状態を改善していくために本当に貢献できるかと言うと、正直言ってそれはまた別の問題、と割り切っていました。

ケンブリッジに来てから、文字通り浴びるように多くの研究者の言葉を聞き、また直接言葉を交わすようになってから、その考えは徐々に変わっていきました。ここには本当に多くの研究者が世界中からやってきます。学生やポスドク、研究室主宰者として所属するために、セミナーで話をするためやサバティカル期間中に、また様々な形の訪問研究員として、国内外の研究者がひっきりなしにやってきます。いわゆる「優秀な」研究者、多くの論文を著名な雑誌に発表しているような研究者にも数多く会ってきました。しかし、その中で話を聞いて、話をして本当に心を動かされるのは、“make a difference”というフレーズを本当に体現している人、より具体的に言うならば、保全科学の分野では「世界」(この場合、地球全体という意味の世界だけに限らず、対象とする系とか社会といった意味ですが)をよくするために本当に変えようとしている人だと気付くようになりました、

例えば渡英後ずっと研究室に受け入れてくれているSutherland教授は、議論の端々で、「solution(解決策)は何だろうか?」と聞いてきます。生物多様性保全に対して科学的な貢献を目指すためには、問題を提起するだけではなく、具体的な解決策まで提示して、実際に世界をよりよくしていかなければならない、そういった姿勢を常に感じます。彼は以前、ある学会のために寸劇を作ったことがあるそうです。それは「舞台上である人が突然倒れ、多くの医者が駆けつけるが、皆で倒れた人がどれだけ長生きすべきだったのかを研究する方法を議論するばかりで、誰もその人を蘇生させようとしない。」というもので、彼なりに今の保全に関わる科学の問題点を指摘しているものでした。そんな周囲の研究者の姿勢に感化され、私ももっと真正面から世界の現状をよりよくしていくための科学を追求していっていいのだと気付かされました。

そうやって考えた時に、生物多様性保全のための科学は、生物を見ているだけの保全生物学だけでは必ずしも「世界に違いを」もたらすことができず、良くも悪くも今や地球環境の命運を握っている人類自身の動態や行動、意思決定も見ていかなければならない、そこまでを含めて「保全科学」と呼ばれているのだということを、身をもって理解することができました。

同時に、目も眩むような能力や実績を備えた研究者があふれている中で、どうすれば自分も保全科学の世界で、そして実際の生物多様性保全に対して貢献ができるのだろうかと、必死に考えるようになりました。その結果たどり着いたのが、保全科学における「情報のギャップ」という問題でした(詳しくはこちらの論文を参照)。

このように自分の研究に対する姿勢が大きく変化して、その姿勢や問題意識を初めてひとつの形とすることができたのが、今回の論文でした。そういった意味でもこの論文は自分にとっても特別な論文で、これを機会に今後も自分ひとりの力は微力ながら、常に“make a difference”を目指した研究を志していきたいと思います。

もちろん「違いを作り出す科学」が海外でないとできないと言いたいわけではありません。ただ私にとってはこのように自分の研究に対する考えが変わったことが、そして端的に言えばこの論文を書けたことが、今感じる海外に来たことの大きな利点のひとつだったと思うのです。他にも「明日、リュックサックを持って海外へ行け」に私が同意する理由はいくつかあるのですが、それについてはまた機会があればということで、この文章はここまでとしたいと思います。
posted by 日本鳥学会 at 01:36| Comment(0) | 研究紹介