2021年05月17日

一緒に鳥の研究しませんか?

北海道大学大学院地球環境科学研究院
助教・先崎理之


はじめに
鳥学通信には初めて登場させて頂きます。北海道大学の先崎と申します。縁あって2019年4月より北海道大学大学院地球環境科学研究院・環境科学院に助教として採用していただき、独立した研究室を運営しています。そこで今回は宣伝もかねて当研究室を紹介させて頂きたいと思います。


どんな研究をしてきたの?
まず最初に私自身の研究について簡単に紹介させて頂きます。私はこれまで主に鳥を対象として保全生態学的な研究を展開してきました。保全生態学とは平たく言えば「生き物を守るために必要な科学的知見を明らかにし実社会に還元する学問」のような感じでしょうか。保全は生き物への深い知識だけあれば進むと思われる節もあります。しかし、実はそんな簡単な話ではなく、金銭コストや見返り(効率)等の複数の科学的情報を統合しバランス感覚に優れた意思決定が不可欠な奥が深い学問分野です。

こうしたことから私は保全の意思決定に必要であるのに未解明だった問いに取り組んできました。例えば、我が国では根拠薄弱のまま行われていた多種の保全のための猛禽類の保全には利点と限界があること(Senzaki et al. 2015 Biol Conserv; Senzaki & Yamaura 2016 Wetland Ecol Manage)、象徴種(タンチョウ)の利用は保全活動への市民の金銭的支援を助長するベストな選択肢であること(Senzaki et al. 2017 Biol Conserv)、海鳥類、アカモズ、シマクイナ等の個体数ステータスや繁殖状況等を明らかにしてきました(Senzaki et al. 2020 Bird Conserv Int; Senzaki et al. in press Wilson J Ornithol; Kitazawa & Senzaki et al. in press Bird Conserv Int)。


pic_senzaki_01.jpg

湿地や草地で暮らすチュウヒ

(チュウヒの保全は、似たような環境を好む鳥類の保全には効果的だが、草本や哺乳類の保全には役立たないことが分かった。)



また、ここ数年は感覚生態学(Sensory Ecology)という分野に精力的に取り組んでいます。具体的には、人為騒音や人工光といった感覚汚染因子が、フクロウ類の採食効率を低下させたりマクロスケールでの多種の繁殖成績を決める要因になったりすること(Senzaki et al. 2016 Sci Rep; Senzaki et al. 2020 Nature)、はたまた鳥類を中心とした多分類群間の相互作用(Senzaki et al. 2020 Proc R Soc B)や生態系機能(Senzaki et al. in prep)さえも変えることを野外操作実験とビックデータによる検証の双方から示してきました。これらから、現在は見過ごされているこうした感覚環境(Sensory environments)をありのままに保つことが鳥類の保全に大きく貢献するという仮説を検証しています。


pic_senzaki_02.jpg

トラフズク
(騒音がうるさいと餌を見つけにくくなることが分かった。)



どんな研究をできるの?
さて本題に入りましょう。出来立てほやほやの当研究室ですが、上記のような鳥の保全に関わる研究テーマに興味をお持ちの学生さんは当研究室で思う存分に研究が展開できます。北大には鳥を扱う優れた研究室が他にもありますが、保全を専門に扱える点は当研究室ならではと考えています。特に鳥を対象にした感覚生態学研究は、日本で専門に学べる研究室が他になく世界的な競争者もまだ少ないため、フィールド経験がそこまでなくても世界に通用する新規性の高いテーマに取り組める可能性を大いに秘めておりお勧めです。もちろん、他のテーマでも面白ければなんでも良いというのが個人的なスタンスですが、いかなる場合でも学術的に必要とされているかどうかを説明できるというのが当研究室におけるテーマ選定時の重要な規準です。

一方で、私は現役バリバリの鳥屋であり、その力量の向上には日々全力を注いでいます。日本列島の鳥は独特で面白く、また優れたアマチュア鳥屋も少なくないため、アッと驚く未解明の現象が身近に見つかる可能性が大いに残されています。こうした点から、フィールドから得た鳥の生態に関する面白い仮説を解き明かす研究や鳥屋的知的好奇心を満たす研究を長い目で続けていくことも目指しています。私自身は現在シマクイナの行動に関わる斬新な仮説の検証(手探りなため具体的内容はまだ秘密)と気象研究者で同僚の佐藤友徳准教授と古くからの鳥仲間である渡辺義昭さん・恵さん夫妻におんぶにだっこ状態でヒメクビワカモメのリアルタイム渡来予報開発などに取り組んでいます(先崎 2020 Birder)。とっておきの鳥類の行動や生態を研究してみたいという学生さんや、鳥屋的気づき・視点を生かした研究テーマをお持ちの学生さんは是非当研究室にお越しください。


pic_senzaki_03.jpg

開発中のヒメクビワカモメのリアルタイム予報

(10日先までの知床半島における出現確率を自動で表示してくれる。まだ試作段階で画像の日付は本来の予測期間外。今年中には論文を執筆したい。)



pic_senzaki_04.jpg

美しいヒメクビワカモメの成鳥

(北海道オホーツク海沿岸への渡来は少数の気象条件でほとんど説明できることが分かって来た。)




どうすれば入れるの?
環境科学院は学部を持たない大学院組織ですので、全ての学生が外部から進学してきます。毎年、修士課程は夏と春に入試を行っていますのでそれを受験し合格できれば入学できます。私の担当する専攻・コースは環境起学専攻・人間生態システムコースと生物圏科学専攻・動物生態学コースで、いずれからも学生を募集しています。

前者(起学)は鳥を対象にちょっと学際的なテーマに取り組んでみたかったり、ある程度は英語で研究を進めてみたい方にお勧めです。日本語を母語としない留学生が一定数おり、周囲の教員陣(露崎教授・根岸准教授・佐藤准教授など)はそれぞれ異なる分野を専門とする一流研究者ですので、様々な角度から研究を洗練させることができます。

後者(生物圏)はガチ勢鳥屋あるいはフィールドに身をささげたい方にお勧めです。私を除く同コースの教員陣(野田教授・小泉准教授・大館助教と副担当の揚妻准教授・岸田准教授・森田准教授)は群集・個体群・行動・進化など多様な側面から日本の動物生態学を牽引する一流研究者ですので、日本一のフィールド生態学的環境に身を置いて研究を進めることができます。

意欲と斬新なテーマをお持ちの学生さんをお待ちしております。もし当研究室に興味を抱いて頂いて頂けましたらお気軽にお問い合わせください。是非一緒に面白い研究をしましょう。



posted by 日本鳥学会 at 08:58| 研究室紹介

2021年05月06日

なぜ、今「センカクアホウドリ」を提案したのか?

江田真毅(北海道大学)


 「尖閣諸島」。皆さん、この名前をニュースで一度は耳にしたことがあるでしょう。ここで繁殖するアホウドリが、実は鳥島で繁殖するアホウドリとは別種であるという論文を昨年11月に発表しました(論文はこちら)

 さらに、この内容について北海道大学と山階鳥類研究所から共同プレスリリースをおこない、これまでアホウドリの代名詞となってきた鳥島集団の和名を「アホウドリ」、尖閣諸島集団の和名を「センカクアホウドリ」とすることを提案しました(詳しくはこちら)
 実は、これらの鳥の学名はまだ決められていません。「なぜこのタイミングで和名を提案するのか?」と不思議に思われた方もいらっしゃるのではないでしょうか。日本鳥学会広報委員の某氏からこの論文について鳥学通信への寄稿の打診をいただいたのも何かのご縁。ちょっとここで心の内を打ち明けてみようと思います。


img1_two_spe.jpg

伊豆諸島鳥島のアホウドリ成鳥

左から「アホウドリ」メス、「アホウドリ」オス、「センカクアホウドリ」メス、「センカクアホウドリ」メス。
「アホウドリ」は「センカクアホウドリ」より全体的に体が大きい(撮影:今野美和)。



 アホウドリは北太平洋最大の海鳥です。かつては日本近海の13か所以上の島々で数百万羽が繁殖していたと推定されています。19世紀末以降、各地の繁殖地で羽毛の採取を目的に狩猟されたため急激に減少し、1949年に一度は絶滅が宣言されました。しかし、1951年に再発見され、その後は特別天然記念物にも指定されるなど保全の対象となってきました。現在、個体数は6000羽を超えるほどにまで回復してきています。その主な繁殖地は1951年に再発見された伊豆諸島の鳥島と、1971年に個体が確認された尖閣諸島(南小島と北小島)の2か所です。

 私たちはこれまでも鳥島と尖閣諸島のアホウドリが遺伝的・生態的な違いから別種である可能性を指摘してきました(詳しくはこちら)。しかし、尖閣諸島での調査が困難なために両地域の鳥の形態学的な比較ができず、別種かどうかの結論は保留となっていました。今回の論文では、尖閣諸島から鳥島への移住個体が最近増加していることに着目し、これらの鳥と鳥島生まれの個体との形態を比較しました。その結果、鳥島生まれの鳥は尖閣生まれの鳥よりほとんどの計測値で大きい一方、尖閣生まれの鳥のくちばしは相対的に長いことがわかりました。そして、これらの形態的な違いとこれまでに知られていた遺伝的・生態的な違いから、両地域のアホウドリは別種とするべきと結論付けました。
 アホウドリのように絶滅のおそれがある鳥の種内において、このような隠蔽種(一見同じ種のようにみえるため、従来、生物学的に同じ種として扱われてきたが、実際には別種として分けられるべき生物のグループ)がみつかったのは、私たちが知る限り世界で初めてです。


img2_type_torishima.jpg


img3_type_senkaku.jpg


アホウドリの横顔

上:「アホウドリ」オス、下:「センカクアホウドリ」オス。
「センカクアホウドリ」のくちばしは「アホウドリ」に比べて細長い(撮影:今野怜)


 アホウドリの学名は Phoebastria albatrus です。鳥島と尖閣諸島のアホウドリを別種とする場合、どちらがこの学名を引き継ぐのかを決める必要があります。しかし、オホーツク海で採取された個体をタイプ標本として1769年に記載されたアホウドリでは、この作業が一筋縄ではいきませんでした。原記載の形態描写や計測は両種の識別には不十分でした。また、オホーツク海は両種が利用する海域であり、さらに肝心のタイプ標本がなくなってしまっている(!)ためです。
 2019年度の鳥学会大会で発表したように私たちはネオタイプを立てることでこの問題をひとまず解決したつもりではいるのですが、もう片方の種の学名を決めるためには19世紀に提唱された3つの学名とそのもととなったタイプ標本を一つずつ検討していく必要があります。コロナ禍の影響もあって海外での調査が著しく制限されている昨今。海外の研究者と連絡を取り合ってはいるものの、その解決にはもうしばらく時間がかかりそうです。

 翻ってアホウドリが置かれている現状を考えてみると、アホウドリは1種の特別天然記念物あるいはIUCNの危急種などとして国内外で保全の対象となってきました。この鳥が2種からなるとすれば、これまで考えられてきた以上に希少な鳥であることは明らかです。今後、それぞれの種の独自性を保つことを念頭に置いた保全政策の立案・実施が必要と考えられます。
 尖閣諸島と鳥島の個体は別集団を形成しており、さらに集団間の遺伝的な差は他のアホウドリ科の姉妹種間より大きいことは私が博士論文をまとめた15年以上前からわかっていました。しかし、アホウドリを2つの「集団」としてその独自性を保つように保全する機運は高まることはありませんでした(ミトコンドリアDNA配列の重複の問題の直撃を受けて、論文発表に時間がかかったせいもあるのですが)。また、政治的問題から尖閣諸島での調査は2002年以降実施できておらず、同諸島におけるこの鳥の生息状況はよくわかっていません。
 尖閣諸島から鳥島に移住する個体が近年増加していることは、尖閣諸島における繁殖環境が著しく悪化していることの表れの可能性も考えられます。両地域で繁殖する別「集団」ではなく、両地域で繁殖する別「種」を保全するための調査。その必要性を訴えることができるようになった今、この尖閣諸島の調査の重要性を明示し、調査の機運を高めるうえでも、当地のアホウドリの和名に「センカク」を冠するのは理にかなったものと考えられるのではないでしょうか。

 「「アホウ」ドリという名前は差別的で気の毒ではないか?」という声のあることももちろん承知しています。しかし、「アホウドリ」や「センカクアホウドリ」をそれぞれの独自性を保って保全する道筋を立てることは、学名の問題が未解決である点や和名が適切とは言いにくい点があることを置いても、優先して進めるべき課題ではないかと私は考えています。学名や和名の問題は人間社会の問題であって、アホウドリには何の影響もないはずです。一方で、飼育環境下で隠蔽種が盛んに交雑してしまったチュウゴクオオサンショウウオの例で端的に示されたように(詳しくはこちら)、不適切な保全・管理は生物に多大なる影響を与える恐れがあります。

 来年、10年ぶりに日本鳥類目録が改訂されます。日本鳥類目録は、唯一の日本の鳥類目録として、その分類は国内の公文書にも広く利用されてきました。同目録に「センカクアホウドリ」が掲載されれば尖閣諸島におけるアホウドリ調査にも弾みがつくことになるでしょう。「学名も和名も決まっていないけど隠蔽種がいる」というよりは、「学名は決まっていないけど和名は提案されている」というほうが議論の俎上にも載せてもらいやすいのではないか?という下心もあったことをここに白状しておきます。


posted by 日本鳥学会 at 18:09| 研究紹介