2022年03月22日

(仮称)苫東厚真風力発電事業計画への対応をめぐって(上)

武石全慈(鳥類保護委員会委員長)

1. はじめに
 日本鳥学会2021年度書面総会に議案として提出された「(仮称)苫東厚真風力発電事業に対する事業中止要望書」は、有効表決者の方々の圧倒的多数の賛成を得て、2021年10月22日付で可決されました。この案件につきまして、それまでの経緯や現地視察、その後の記者発表の様子などについて、広報委員会から鳥学通信への寄稿を依頼されました。この要望書は環境影響評価方法書(2021年2月発行)の提示後の段階で決議されたもので、今後もこの案件については関わっていくことになりますので、ご参考までに備忘録も兼ねて記してみます。
 日本鳥学会からの他の風力発電事業案件に対する要望書については、これまでに鳥類保護委員長名で3件が発出されています。それらは、北海道北部地域(2017年7月)、岩手県北上高地(2017年7月)、秋田県由利本荘市沖(2020年2・3月)での事業に対するもので、関係する官庁(経済産業省・環境省)と自治体(北海道・岩手県・秋田県)に向けて発出されました(鳥類保護委員会ウェブサイト参照)。内容は、バードストライク、障壁影響による飛行経路変更、生息地放棄に関して、複数事業による累積的影響の観点も含めて、適切かつ十分な調査と予防原則に基づく評価を行ない、立地選定や事業規模の見直しも含めた影響の回避・低減策を講ずることや定量的な事後調査を実施するよう、事業者への指導を要望するものでした。
 これに対して、今回決議された要望書は、日本鳥学会長名で事業者のDaigasガスアンドパワーソリューション(株)に事業の中止を要望したもので、2021年11月25日付で発出され(郵送)、その写しは親会社の大阪ガス(株)、環境大臣、経済産業大臣、北海道知事、苫小牧市長、厚真町長にも郵送しました。鳥類保護委員会ウェブサイトには、重要種の繁殖位置を示す図を削除した形の要望書を掲載しています。

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写真1 計画地内の厚真町浜厚真地区の海岸部に広がる湿地 2021年6月17日 武石撮影

2. 配慮書段階
 本事業については、その計画段階環境配慮書の縦覧が2020年5月26日から開始されましたが(縦覧期間1ヶ月、意見書提出締切6月26日)、6月上旬までに鳥学会員2名から別々に鳥類保護委員長あてに、意見書提出の要望が寄せられました。本事業計画地内の砂丘の湿地では2017年にタンチョウが繁殖し、道央地区では貴重なタンチョウ繁殖地が風車建設により失われる恐れがあること、計画地とその隣接地にある湿地や草地にはチュウヒや他の希少鳥類が数多く生息すること、また周辺の牧草地や遊休地はウトナイ湖等に集結するハクチョウ類・ガン類の餌場であり大きな影響の発生が懸念されるなどの理由からでした。
 本事業は、事業実施想定区域が北海道厚真町及び苫小牧市の海岸部に位置し、単機出力3,400〜4,300kW(最大高145〜191m、ローター直径120〜142m)の風車を10基程度設置する陸上風力発電施設の建設計画で、総発電出力が最大38,000kWとなっています。風車の全ては厚真川河口付近の両岸の厚真町内に設置され、苫小牧市域には送電・変電設備だけが設置されます。風車設置区域は約332.1ha、それ以外は約232.6haを占めるとのことでした。
 配慮書では、重要鳥類に対して、「生息環境の変化に伴う影響が生じる可能性」と「施設の稼働に伴うバードストライク等の重大な環境影響を受ける可能性があると予測した」が、「事業実施想定区域を可能な限り絞り込む時点で重要野鳥生息地(IBA)及び生物多様性の保全の鍵になる重要な地域(KBA)を除外したことにより、現段階では、重大な影響が、実行可能な範囲内でできる限り回避、又は低減されていると評価する」としていました。
 これに対して鳥類保護委員会で検討した結果、計画の中止や再考を求める上では、配慮書に対する意見としてではなく、計画そのものに対する意見書という形で事業者に提出する方が妥当であろうと判断し、委員を中心に意見書を作成しました。その後、提出までに時間を要し、2020年11月1日付の鳥類保護委員長名で、風車の建設計画を中止も含めて全面的に再考するよう要望する「(仮称)苫東厚真風力発電事業に対する意見書」を事業者へ郵送にて提出しました。

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写真2 計画地周辺の苫小牧市弁天で観察されたタンチョウ 2021年6月15日 武石撮影

3. 事業者との意見交換会
 この意見書には回答を要請する一文も含めていたところ、事業者から意見書の趣旨を確認したく意見交換を行いたい旨の申し出があり、2021年3月12日に鳥類保護委員6名と事業者・親会社・調査委託会社の4名とで、Zoomによる意見交換会を行ないました。この時点では、本事業のアセスメント過程は方法書の段階に移っていて、その縦覧期間と意見書提出期間(2021年2月1日〜3月26日)の時期にあたっていて、事業計画の内容はいくらか変更されていました。
 方法書では、風車設置区域については、厚真川西岸側での「植生自然度が高いヨシ群落及び湿地環境」が除かれていて、東岸側では住宅周辺と海浜汀線部が除かれ、その面積が約332.1haから約150.4haへと半減していました。しかし、上記の意見書で指摘していた2017年にタンチョウが繁殖した東岸側海浜砂丘内のヨシ等の湿地帯全域は風車設置区域内に含まれたままでした。後述するように、この湿地帯では2021年に再びタンチョウの1つがいが繁殖してひな2羽を育てる事に成功しました(日本野鳥の会苫小牧支部報No.238)。なお、変電所・送電線等の用地は、約232.6haから約301.8haに増加していましたが、風車の規模は変更ありませんでした。
 3月12日の事業者側との意見交換会では、保護委員会側からは、意見書内容の繰り返しになりますが、(1)本事業計画地は、ラムサール条約登録湿地、IBAs、KBAに隣接し、環境省センシティビティマップのA3メッシュに含まれ、一体として希少鳥類を中心とした野生動植物の重要な生息・生育地となっていること、(2)計画地及び隣接地は、重要種のタンチョウ、チュウヒ、オジロワシ・オオワシ、ガン類・ハクチョウ類やオオジシギなどの草原性の鳥類種群によって、繁殖、越冬、渡り時の通過の際に利用されていることから、風車の設置・稼働がこれらに対して、繁殖地放棄、繁殖成功率低下、生息地放棄、バードストライクなどの影響を与えることが懸念され、中止も含めて再考するよう主張しました。また調査方法についても、渡りのピーク時期、気象条件、レーダーの導入、大型鳥類の個体別飛翔追跡などを考慮するよう要望しました。事業者側からは、配慮書、方法書へとアセスメント過程を進めているが、予定通りに事業を実施することを現時点では必ずしも決めてはいないので、調査の結果を得てから、その時点での状況も踏まえて、事業の実施について判断したいとのことでした。
 (注)計画地内の海岸砂丘部の浜厚真で確認された鳥類リストについては、「浜厚真の鳥類〜浜厚真Bioblitz2021報告〜」を参照下さい。

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写真3 計画地内の厚真町浜厚真で観察されたオオジシギ 2021年6月17日 武石撮影

(続く)


※訂正(2022年3月28日更新)※
1)「3. 事業者との意見交換会」の1段落目において意見交換会の行われた時期について「縦覧期間(2021年2月1日〜3月4日)は既に終わり、意見書提出期間(2021年2月1日〜3月19日)の時期にあたっていて」と説明しておりましたが,正しくは「縦覧期間と意見書提出期間(2021年2月1日〜3月26日)の時期にあたっていて」でしたので訂正いたしました。新型コロナウイルス感染症緊急事態宣言の影響で、当初の公示期間が訂正した期間に変更になっていました。
2)「写真2」の説明で、撮影地が「計画地内の」となっておりましたが「計画地周辺の」に訂正いたしました。
posted by 日本鳥学会 at 20:28| 委員会連絡

2022年03月14日

ドイツの鳥類学研究所での研究生活(後編:ドイツでの暮らし)

太田菜央(マックスプランク鳥類学研究所)

(前編 マックスプランク鳥類学研究所の研究環境 はこちら)

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たまに見かけると嬉しい小鳥、アオガラとゴシキヒワ


ドイツでの暮らし

 南ドイツは北海道より少し緯度が高いところに位置していて、気候も北海道ととてもよく似ています。ただし雪はかなり少なく、たまに地面がうっすら覆われる時期がある程度です。私は長らく札幌に住んでいたので寒さに関してはむしろ楽になったくらいなのですが、新鮮だったのは夜の短さでしょうか。朝は8時を過ぎても暗く、16時には日が沈みます。個人的には家でじっとしていることを地球がオフィシャルに認めてくれている感じがして嫌いではないのですが、日光不足で気分が沈みがちになるという弊害が出る人も多いようです。逆に夏は20時を過ぎても明るく、湖のそばのビアガーデンでビールを楽しむのが南ドイツの定番です。

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異様に気合いが入っているボンの自然史博物館の剥製たち

 ヨーロッパで暮らす醍醐味は何と言っても、陸続きの土地で色々な国の色々な景色・文化に触れられることかと思います。日本育ちの身からすると陸路で国境を超えるという行為がまず面白いですし、隣り合った土地で言葉も文化もガラリと変わってしまうのが不思議です。博物館や宗教施設は豪華で歴史のあるものが多く、土地柄が垣間見える瞬間も楽しいです。ドイツは剥製のクオリティが驚くほど高い自然史博物館が多く、周囲の環境も含めた生態描写までこだわって作られていてつい見入ってしまいます。定期的な無料開館日や若い人のための割引制度なども充実しており、文化的施設と市民の距離がとても近いなと感じます。

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鳥好きにおすすめ、マルセイユの大聖堂。メインのモザイク画はたくさんの鳥に囲まれた船がモチーフで、いかにも港町らしい祈りのメッセージが伝わってきます。なんと文鳥もいる!

 私は研究上の成り行きでドイツに来ることになって、実はそれまで海外に行くなどと自発的には全く思う機会がなく生きてきたのですが、現在自分でもびっくりするほど楽しく過ごしています。社交好きの人にはがっかりされる意見かもしれませんが、ちょうど良くよそ者でいられることが非常に快適です。海外に出るとか好きな研究をするというストーリーは、個人のモチベーションや能力といったものをベースに語られがちですが、色々な人と会って話すうちにそれって大して信用ならないなと思うようになりました。海外にいる日本人の方の背景を聞いてみると、子どもの頃に海外に行った経験があるとか、親や周りの人の仕事が海外と関わりのあるものだったというパターンが本当に多いです。そういう背景があることはとても素敵だなと思う一方、「自分にはとてもそんな…」と思ってしまう人との差は小さなきっかけの有無に過ぎないようにも感じています。生まれや育ちで自然に作られる流れをかき乱して、私のように海外に行く発想などなかった人間が色々な仕組みや人からの助けを借りて気づけばヨーロッパで研究生活を送っている、という事態が起こるのは、現代社会のなかなか面白くて良いところだと思います。

 興味のある研究室や施設が海外にあるけれど自分の能力に自信が持てないという方は、一旦自分の経験や感覚を信じすぎるのはやめてとりあえず何か行動してみる、既存の仕組みがあれば利用してみる、ということをおすすめしたいです。そういった予想外の展開の先にこそ、何か楽しい発見が待ち受けているかもしれません。

posted by 日本鳥学会 at 16:14| 海外での研究

2022年03月08日

ドイツの鳥類学研究所での研究生活(前編:マックスプランク鳥類学研究所の研究環境)

太田菜央(マックスプランク鳥類学研究所)

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冬のマックスプランク入り口

 こんにちは。ドイツでポスドクをしている太田菜央と申します。私は今、Max Planck Institute for Ornithology(マックスプランク鳥類学研究所)という、その名の通り鳥類学研究のために作られた施設で小鳥の求愛ダンスの研究をしています。今回の記事では、マックスプランク鳥類学研究所がどういう研究施設なのか?ということと、ドイツでの暮らしについて紹介したいと思います。

 私が勤務するマックスプランク鳥類学研究所(以下、省略してマックスプランクと表記します)は、ミュンヘン中心部から公共交通機関でおよそ1時間の郊外に位置しています。まわりは森や牧場に囲まれていて、北海道の風景とよく似ているなと感じます。都会派には少し退屈かもしれませんが、野鳥好き、自然好きには最高のロケーションです。様々な国から学生や研究者が集まっているため基本的に英語しか使わず、ドイツ語を使う機会がほとんどないのは便利でもあり少し残念でもあります。

 私が初めてマックスプランクを訪れた際は、とにかくその規模の大きさ、研究環境の充実ぶりに驚かされました。例えば普段の鳥の世話は、専属の獣医さんとケアテイカーがおこなっており、広い禽舎は常に清潔に保たれています。実験の必要に応じて鳥の移動や禽舎の組み替えも臨機応変に対応してくれます。倫理規程も細かく、飼育面積に対して収容して良い鳥の数や、餌の種類、止まり木の量などが厳しく指定されており、とにかく環境エンリッチメントへの配慮に力を入れている印象です。

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研究所内の湖とハイイロガンの親子(初夏)。かのコンラートローレンツもここでハイイロガンの行動研究をおこないました。


マックスプランク鳥類学研究所の研究環境

 人間側の福祉も充実しています。学生もポスドク以上の研究者もほとんどは17時を過ぎる頃には帰宅しますし、休暇もしっかり取ります。長時間働いている研究者ももちろんいて、プライベートの時間を尊重することを大前提とした上で、個人の裁量にかなり任されている印象です。子育て中の学生やポスドクが多いのも日本と大きく異なる点でしょうか。私が好きだなと思っているシステムは、毎年お子さんがいる職員を対象に、12月の土日に1日分の託児サービスが無料で受けられるというものです。12月は忙しいだろうから、その日はクリスマスの準備をするか一息つくために使ってね、という趣旨のもので、ヨーロッパらしいかつ優しい文化だなと思います。

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研究所内でのクリスマス持ち寄りパーティの様子(コロナ前)
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 コロナ禍に入る前は外部から研究者を招待してのセミナーが毎月開催されて、クリスマスパーティや映画の上映会なども定期的におこなわれていました。現在は一部をオンラインで実施している感じです。そういった場所で交流する研究者の皆さんはこちらが逆に恐縮してしまうレベルで優しくて話しやすい人が多いです。ちなみに研究所内には短期滞在者用のゲストハウスが設置されていて、共同研究やセミナーを実施しやすい環境が整っています。

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ゲストハウスの部屋の写真。部屋ごとに違う鳥の写真が飾られています。私が学生時代に滞在したのは「ノビタキの間」でした。


 ここまで良いことばかり紹介してきましたが、研究する上で疑問を感じる側面も一応あります。例えば先ほどお話した通り、鳥のお世話やメンテナンスは基本的にケアテイカー任せなので、動物と接する時間は個人で工夫しない限りは基本的に実験をしている間だけになります。日本の大学で定期的に鳥の世話をしていた時には分からなかったのですが、飼育個体と少し距離が開いて(禽舎はオフィスと別の建物にあります)世話の必要がなくなると、こんなにも動物と接する機会が減ってしまうのだなとこちらに来て実感しています。この状況は研究に集中するのに理にかなっているはずなのですが、行動研究においては結構な機会損失でもあるようにも感じます(これから観察眼を養う必要がある学生は特に)。また新しく実験を始めたい、ちょっと試してみたいことがあるといった場合に、スタッフの人数や規模が大きい分、関係者への周知や実験許可の取得に手間取って行き詰まってしまうこともしばしばです。

 とはいえ、やはり全体を見ると科学を推進しようという気概が随所で感じられ、研究者としてここにくることができたのは本当に幸運だったなと思います。私が感心しているのが、多くのジャーナルでオープンアクセス費を全額負担してくれることです。これは私が理解している限りではドイツによる政策のひとつで、マックスプランク以外でも第一著者もしくは責任著者の所属先がドイツの研究機関であれば適用されます。こちらが支払い手続きなどをおこなう必要は一切なく、論文受理後にメールアドレスや所属先の情報から自動的にオープンアクセスが認められます。お金のことを心配せず投稿先が決められるのはとても心強いです。マックスプランクはその規模の割に日本人がそれほどいない印象があり(他の研究所はまた事情が違うのかもしれませんが、例えば鳥類学研究所では現在正式に所属しているのは私1人です)、個人的にはその環境が結構気楽だったりするのですが、もしこの状況が日本での知名度が低さに由来しているのであればもったいないことだとも思います。

posted by 日本鳥学会 at 16:16| 海外での研究