2022年09月28日

オーストラリアの研究環境について


皆さんこんにちは。クイーンズランド大学の天野と申します。

前回は私がイギリスからオーストラリアへ異動した経緯について紹介させていただきました。今回はクイーンズランド大学の研究環境やブリスベンの生活環境について少し書かせていただこうと思います。

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クイーンズランド大学

まず初めにクイーンズランド大学を選んだ理由についてです。私が現在受給しているFuture Fellowshipは受け入れ先を自分で決めることができます。オーストラリアにはGroup of Eightと呼ばれる研究で有力な大学が主要都市に存在しており、受け入れ先としてメルボルンやシドニー等、他の都市にある大学も候補として考えました。ただクイーンズランド大学にはCentre for Biodiversity and Conservation Science(CBCS)という世界的にも有数の保全科学の研究拠点があり、魅力を感じていました。また同大学のリチャード・フラー教授のグループからケンブリッジにも度々学生等が訪ねてきており、他の大学より親近感があったということも影響していたと思います。ブリスベンという都市については実はほとんど下調べはしませんでした。ただ、それなりの規模の都市で医療や教育、日本食材調達などの面でも困ることもなさそうでしたし、家族からも賛同を得たのでクイーンズランド大学に決めることとしました。

2019年3月、日本への一時帰国を経て、成田からブリスベン行きの便に乗りました。ちなみに空港では当時オーストラリアのクラブチームに所属しており試合で日本に来ていたサッカーの本田圭佑選手に遭遇し、当時サッカーをしていた娘が写真を撮ってもらうという幸運にも恵まれました!幸先がいいなと思ったのを覚えています。

ブリスベン空港に下降する機内からはマングローブ林が見えました。飛行機から降りると湿った空気が体にまとわりつき、夜に街を歩くと頭上をオオコウモリが悠々と舞っています。イギリスの気候に慣れた身としては亜熱帯の雰囲気がとても新鮮でした。

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近くの公園にあるオオコウモリのねぐら。夕方になると一斉に採餌場所へ飛び立っていく。


ブリスベンのあるクイーンズランド州はSunshine stateという愛称がつけられているように、年間の晴天率が非常に高いことで知られています。晴天率が低いイギリスと比較して、これが初めに衝撃を受けた点でした。渡豪間もない頃は人に会うたびに「天気がいいですね!」と言っていたのを覚えています。渡豪1年後に始まることになるコロナ禍を、小さい子供二人の育児をしながら乗り切っていくうえで、いつも見上げれば青く美しいブリスベンの空には正直救われたと思っています。同時に当時はそれほど気にしていなかったのですが、イギリスでは天候に由来するストレスを受けていたのかもしれないなと感じました。

ケンブリッジに比較して大学や街で見かける東アジア人が非常に多いことにも驚きました。ケンブリッジを含むイギリスでも中国など東アジアからの留学生は増えていると思いますし、ロンドンのような大都市ではアジア系を含むあらゆる人種の住民がいます。ただ私が所属していた当時、約500人の保全科学者が集っていたCambridge Conservation Initiative(CCI)では東アジア人は時折見かける程度でした。自分の所属するコミュニティに民族・文化的に近い人がいるだけで何となく気が楽になるということも新しい発見でした。

大学構内でもかつ丼、ラーメン、海苔巻き等が売られているように、ケンブリッジ滞在時に比較して、日本食を手に入れることもかなり容易になりました。一方で、スーパーで売られている魚の種類がケンブリッジでよりも少なかったことは想定外でした。主に売られているのはバラマンディと呼ばれるスズキに近い種と養殖サーモンで、その他は魚屋でないとなかなか手に入らず、もうちょっと何とかならないものかといつも思っています。

大学に着任し、居室をもらって様々な人に挨拶した後は、しばらくの間、研究プロジェクトを立ち上げるために四苦八苦しました。予算管理システムの理解や発注の仕方等は待っていても誰も教えてくれないので、様々な部署に出向いて教えを請わなければなりません。プロジェクトのリサーチアシスタントや博士課程の学生募集や採用の手続きにも相当の時間が取られました。Fellowshipで雇用されている間は講義負担は少ないのですが、それでも初年度は50分×8コマの講義をゼロから作らなければならず、準備にほぼ2か月を費やしました。

採用が決まった博士課程の学生は、渡豪予定直前に始まったコロナ禍の影響で、結局ブリスベンに来ることができたのは予定の2年後となりました。その結果しばらく指導する学生がいない状態が続きました。ただこの期間は自分の研究を進めながら研究室の運営について学ぶいい機会だったと思います。Fellowship申請時にもサポートしてもらったフラー教授から、しばらくは協同でラボミーティングを行わないかと声をかけてもらい、彼のグループの定期ミーティングに参加するようになりました。フラー教授は渡り鳥の保全や都市緑地が心身の健康にもたらす恩恵等の研究で世界的に有名ですが、研究指導はもちろん、メンバーのメンタルヘルスにまできめ細かな気配りをしていることがすぐに分かりました。またクイーンズランド大学では各学生が複数の指導教官をもつことになっています。フラー教授が指導している学生の副指導教官となることで、具体的なノウハウも学んでいくことができました。幸いにも渡豪3年目の2021年あたりから今年にかけては他にも2人の博士課程学生、1人の学部生を主任指導教官として指導することとなりました。

大学では生物科学部に籍を置く一方、学部を超えたセンターとして、生物多様性保全に関わる研究を行う34名の教員、15名のポスドク、106名の学生から構成されるCBCSにも所属しています。ケンブリッジで所属していたCCIほどの規模ではありませんが、やはり一つの目標を共有しつつ多様な専門やアプローチを用いて研究を行っている人材が集まっていることには、共同研究の構築や情報・経験の共有、外から人材を呼び込むための相乗効果等、利点は多いと感じています。

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家のベランダによくやってくるワライカワセミ

オーストラリアという国の特徴としては、まず良くも悪くも他国から地理的に孤立していることが挙げられます。ヨーロッパ諸国と日常的に人材の行き来があったイギリスに比較すると、やはり他国との人の行き来には一つ壁があるように感じます。オーストラリアの多くの大学は国外からの留学生を受け入れることで成り立っている面もあり、CBCSもアジアや南米からの留学生が多く国際色豊かです。ただ海外からポスドクや在外研究を行うビジターなどが来ることは少ないと感じています(コロナ禍の影響もあると思いますが)。コロナ禍ではリモートでの学会参加などが進み、地理的な障壁の影響は小さくなりましたが、ヨーロッパやアメリカと時差が大きいことも研究交流を阻害する壁の一つとなります。一方、日本とはほぼ時差がなく、二国間での研究助成金等も多いので、今後日本との研究交流は増えていきそうだと感じています。

研究分野としては、海洋生物学の存在感が抜きんでているのには驚きました。これはもちろんグレートバリアリーフを始めとした素晴らしいフィールドに恵まれているため、国内外から海洋生物学を志す人材が集まってくることに由来すると考えられます。ハンバーガーショップで買ったお子様セットに様々な職業の人形がついてくる付録があったのですが、学校の先生、美術家、ライフセーバー(これもオーストラリアらしい!)、科学者などと並んで、「海洋生物学者」だけ独立に人形があったのには驚きました!

最後に、オーストラリアに来て何よりも特徴的だと感じたのは、国が移民で支えられているという強い意識です。イギリスには計9年近く住みましたが、最後まで自分達はあくまで移民で国民との間には埋められない溝があるように感じていました。一方、オーストラリアは移民の割合も高く(豪:29.8%; 英:14.4%; 日:2.2%)、多数派であるイギリス系の人々も元をたどれば移民であるという事情からか、移民も一緒に国を作っていく社会の一員であるという意識をごく自然と持ちやすいように思います。そのため民族的なマイノリティーという立場で、子供の教育も含めて生活を営んでいくのにとても適した国だと感じています。

長女が通う小学校は特に民族的多様性が高く、約三分の一の児童がオーストラリア国外の出身で、その国籍は50か国以上に及びます。そんな学校に長女が通い始めてすぐに、印象に残ることがありました。児童が集まる朝礼に親も参加できるのですが、そこでまず学校の目標の一つとして教えられていたのが、平等・多様性の推進でした。また多様性を尊重するための手段として、人と考えが違った場合に折り合いをつける具体的な方法まで1年生に教えているのです。自分が受けた学校教育とは国も時代もまるで共通点がないため、子供が学校や保育園で学んでくることは私にとってもどれも新鮮で、今後一緒に新しい学校教育を体験できることを楽しみにしています。

終わりの見えないコロナ禍、益々顕在化する気候変動の影響、止まらない生物多様性の損失。周知の通り時代は混沌としています。そんな中、娘達は友人達と毎日新しいことを学んでスポンジのように吸収しながら、青空の下ではつらつと遊んでいます。そんな姿を見ていると、希望は本当にここにあるんだなと心の底から実感することができるのです。毎日そのことに救われるような思いがしています。

話は少しそれましたが、次回は私が現在主導しているプロジェクトについて紹介して、この短い連載を終わりとしたいと思います。

(次回に続く)
posted by 日本鳥学会 at 16:54| 海外での研究

2022年09月16日

鳥関連イベント動画の紹介 『Cinema未来館 「ズートピア」 ―ちがっていても、いっしょに、いきる。』

遠藤幸子(広報委員)

みなさん、こんにちは!
タカの渡りの季節ですが、いかがお過ごしでしょうか。
今回は、お家にいる時間でも楽しめる、鳥関連の動画についてご紹介いたします。

ご紹介するのは、7月10日(日)に日本科学未来館で開催された『Cinema未来館 「ズートピア」 ―ちがっていても、いっしょに、いきる。』というイベントです!こちらのイベントの現地開催はすでに終了しておりますが、トークセッションのパートの動画が現在公開されています。

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イラスト:日本科学未来館 科学コミュニケーター 小林沙羅


イベントが開催された日本科学未来館は、東京都のお台場にある国立の科学館です。こちらで「ズートピア」というディズニー映画の上映と動物行動学者である鈴木俊貴氏を迎えたトークセッションがセットとなったイベントが開催されました。鈴木さんは、2018年に日本鳥学会の黒田賞を受賞されており、シジュウカラの研究などで鳥学会会員のみなさんはご存じの方も多いかもしれません。

トークセッションでは、研究からみえてきた鳥の混群の世界や映画にでてきた動物たちの関係性に迫りながら、「それぞれちがう存在同士が、一緒に生きるってどういうことなんだろう?」というテーマについて、鈴木さん、科学コミュニケーターの竹下さん、手話通訳士の和田さん、そして会場のみなさんといったさまざまな観点からお話が展開されていました。


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左から、手話通訳士の瀧尾さん、研究者の鈴木さん、科学コミュニケーターの竹下さん。
写真提供:日本科学未来館


当日の様子はYoutubeで公開されていますので、興味のある方はぜひご覧ください!(*映画「ズートピア」はご覧いただけませんのでご注意ください。)

動画は下記URLからご覧いただけます。
URL:https://www.miraikan.jst.go.jp/events/202207102527.html

*日本科学未来館の科学コミュニケーター小林沙羅さんが描かれた、素敵な混群のイラストも必見です!


posted by 日本鳥学会 at 14:30| その他

2022年09月04日

東京農大オホーツクキャンパス 野鳥研究会通信 その2

オホーツク野鳥研究会

 日本鳥学会会員の皆様、こんにちは。野鳥研究会です。こちらはそろそろ秋の気配です。8月末には,網走市街地より北に位置する常呂丘陵に,V字型になったヒシクイの群れが渡来しました。キャンパス内の樹木は早くも色づいています。皆さんが来られる頃には,丸坊主ですね。
 さて今回は、気軽に訪れることのできる網走周辺の鳥見スポット(第二弾)です。
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<網走市周辺鳥見スポット第二弾>

●濤沸湖
 2005年にはラムサール条約にも登録された,白鳥の湖として有名。読み方は「とうふつこ」で,アイヌ語で沼の口を意味する「トープッ(to-put)」を語源とします。オホーツク海に面した遠浅の湾が成長し,砂州に塞がれて誕生した,周囲27.3q,総面積900haの汽水湖です。四季を通して約250種もの野鳥が訪れる国内有数の渡り鳥の中継地で,近年では特定地域への立ち入りを制限する自主ルールも策定され,水鳥類の楽園となっています。
 JR網走駅から網走バスで約30分「白鳥公園入口」下車,徒歩5分ほどで白鳥公園に隣接した濤沸湖水鳥・湿地センターに到着します。または,網走駅から白鳥公園まで徒歩10分ほどの「北浜駅」まで釧網線に乗車すると,北国情緒あふれる車窓からオホーツク海の眺めが楽しめます。水鳥観察は湖東の白鳥公園と,道道467号にある湖西の平和橋がお薦めです。

*濤沸湖水鳥・湿地センターhttps://www.city.abashiri.hokkaido.jp/230boen_kankyou/tofutsu-ko/

<学会期間に観察が期待される鳥>
ヒシクイ・マガン・ハクガン・シジュウカラガン・オオハクチョウ・ヒドリガモ・アメリカヒドリ・マガモ・オナガガモ・コガモ・ホシハジロ・オカヨシガモ、ヨシガモ・キンクロハジロ・スズガモ・シノリガモ・ホオジロガモ・ミコアイサ・カワアイサ・ウミアイサ・カイツブリ・ミミカイツブリ・ハジロカイツブリ・カワウ・アオサギ・タンチョウ・ハマシギ・ユリカモメ・カモメ・シロカモメ・オオセグロカモメ・トビ・オジロワシ・オオワシ・ハイイロチュウヒ・ノスリ・アカゲラ・ハヤブサ・ハシボソガラス・ハシブトガラス・ハシブトガラ・ヒガラ・エナガ・ゴジュウカラ・カワラヒワ・アトリなど
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オオハクチョウの親子(鳥研部員撮影)


●こまば木のひろば
 網走駅やバスターミナルよりも山側(農大側)にある,農大生の多く住む駒場地区を中心に広がる森林公園です。自然に溢れた園内には四季折々の草花が咲き乱れ、エゾヤマザクラをはじめとした様々な樹木を見ながら散歩やバードウォッチングを楽しめます。エゾリスやエゾモモンガ、キタキツネなどに出会うこともあります。すぐそばに大きな道路が通り、住宅や商業施設が立ち並んでいるとは思えない,自然豊かな素晴らしい公園です。段丘上にあるためオホーツク海や知床連峰を一望でき,天気がいい日だと、写真のような光景を見ることができるかもしれません。ぜひ足を運んでみてください。公園入口に隣接する「はぜや珈琲」さんで温かいコーヒーをテイクアウトし,ベンチで少しゆっくりするのもお薦めです。網走駅やバスターミナルから網走バス「駒場8丁目」下車,最寄りの入口までは徒歩約2分ですが,入口は複数存在しますので,下記のサイトから案内図が掲載されたパンフレットをダウンロードしてお出かけください。

*こまば木のひろば https://www.city.abashiri.hokkaido.jp/040shisetsu/050sports/420kinohiroba.html
*はぜや珈琲さん https://hazeya-coffee.com/

<学会期間に観察が期待される鳥>
トビ・オジロワシ・オオワシ・コゲラ・オオアカゲラ・アカゲラ・ヤマゲラ・ハシブトガラス・キクイタダキ・ハシブトガラ・ヒガラ・シジュウカラ・シマエナガ・
ヒヨドリ・ツグミ・マヒワ・ベニヒワ・シメなど
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こまば木のひろばからのオホーツク海(鳥研部員撮影)

 第二弾はこれで終わりです。次回は気軽に行ける、網走周辺の海鳥観察スポットをご紹介予定です。
posted by 日本鳥学会 at 17:35| 行事連絡

2022年09月01日

2021年度日本鳥学会大会自由集会報告:W5 加速する風力発電と日本鳥学会の対応

風間健太郎(早稲田大学)・浦達也(日本野鳥の会)
佐藤重穂(鳥類保護委員会)・綿貫豊(北海道大学)
記事執筆:風間健太郎

脱炭素社会実現を目指し、風力発電をはじめとする再生可能エネルギーの導入はますます進んでいます。風力発電は鳥類に様々な影響をもたらします。近年、鳥類に対しとりわけ大きな影響が懸念されるいくつかの風力発電建設計画に対して環境大臣意見が出されたり、複数の生物系学会や自然保護団体による声明・意見書・要望書が提出されたりしています。日本鳥学会においてもこれまでいくつかの風力発電事業に対して要望書を提出してきました。

一方で、急増する建設計画の動向や鳥学会としての対応を把握している鳥学会会員は多くはなく、学会としての情報の収集・提供体制は十分に整備されていません。この集会では国内各地で加速する風力発電の動向や学会および関連機関の動きを紹介し、今後研究者や学会員としてどのような情報収集・提供をしていくべきか、学会としてどのような体制を構築すべきかを議論しました(図1)。
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集会の講演内容を以下に記しますが、その前に集会以降の動きについて紹介します。2021年度大会終了以降、本集会の企画者らが中心となり「日本鳥学会風力発電等対応ワーキンググループ」設立が提案され、評議員会において承認されました(日本鳥学会評議員会報告)。ワーキンググループは、@導入が加速する風力発電に対する学会の基本理念の策定、A鳥類研究者、行政あるいは電力事業者向けの鳥類影響評価に関する指針の作成、およびB個別風力発電事業に対する意見書案の作成を主なタスクとしています。このうち@については2022年度総会での承認を目指し現在急ピッチで準備が進められています。

ワーキンググループの活動や学会基本理念の内容について会員の皆様から引き続き広く意見を募るべく、2022年度網走大会においてワーキンググループ主催の自由集会を開催します。ぜひご参加いただき貴重なご意見をお寄せいただければ幸いです。


2021年度集会講演内容

1. 趣旨説明:風間健太郎(早稲田大学人間科学学術院)
 
 地球温暖化をくい止めるためにエネルギーミックスによる化石燃料の使用量削減が世界的目標とされています。風力発電は有効な再生可能エネルギーとして導入が世界中で進んでいます。日本においては2000年代に入って導入が加速しており(NEDO、図2)、2021年8月時点で400以上の建設計画があります(経済産業省)。政府主導のもと風力発電の導入を促進するためにゾーニング事業(環境省)や導入促進(有望)区域の選定(資源エネルギー庁)も行われています。
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 風力発電はバードストライクや障壁効果、生息地の喪失・改変など鳥類に様々な影響を及ぼします。風力発電の健全な導入のためにはこうした影響をつぶさに評価・予測し、それを軽減するための措置が求められます。しかしながら国内における現状の環境アセスメントではそれらが十分に達成できていません。さらに、現在国は風力発電の導入促進を図るために環境アセスメントの短縮(簡略)化を推進しているほか、環境アセスメントを義務づける風力発電の事業規模を拡大する制度の改正(環境省)を行いました。環境省は「風力発電における鳥類のセンシティビティマップ」を作成し鳥類のリスクが高い場所をあらかじめ地図化し公開(環境省EADAS)していますが、地域によってデータが不足していたり情報の空間解像度が十分に高くなかったりするなど、既存情報を用いた鳥類へのリスク予測の不確実性は高い状況にあります。これらの状況を踏まえ、今後国内における風力発電の健全な導入のためには、鳥類の専門家集団たる日本鳥学会による積極的な情報収集・共有の体制構築が求められます。


2. 風力発電事業に対する日本野鳥の会の活動:浦 達也((公財)日本野鳥の会 自然保護室)

 (公財)日本野鳥の会は全国の風力発電事業に対して2003年より、「風力発電は立地選択によっては鳥類の生息等に影響を与える」として様々な活動を行っています。柱となる活動は、@政策提言・意見要望活動、A国内外の情報収集と事例紹介、B調査研究の3つです。

 @は、国や地方自治体が主催の検討会への出席と意見陳述、アセス図書に対する意見書提出と事業者や行政機関との協議、Aは、国内外の現地視察や学会参加、シンポジウム等の開催、野鳥保護資料集の発行、Bは、国内情報の取りまとめ、カウンターアセス(対抗調査)、独自調査とその結果の学会発表や機関誌等での紹介です。今後、風力発電が適正な立地で建設されるために、研究者や学生の皆さまには、Bの調査研究の実施を期待するところです。それは、英国やドイツなどの風力発電先進国のように、科学的証拠をもって影響把握や立地選定等を行うべきだからです。


3. 石狩湾を利用する海鳥:綿貫豊(北海道大学水産科学研究院)
 
 2050年までに温室効果ガス実質排出量を0にすることを目指して、自然再生エネルギーを得る様々な手法が検討・実施されています。風力発電もその一つです。陸上での建設は頭打ちになりつつあり、代わって洋上風力発電の計画と建設が加速しています。今後20年間でその規模を2000倍にするという案も出されており、海鳥へのインパクトが懸念されています。海鳥がよく使う場所を避けること、建設する場合でも細かい場所選定、軽減手法の検討と事後評価が必要です。

 石狩湾では最大100基1000MW規模の洋上風力発電施設群の計画が複数出されています。環境省はEDASに鳥類センシティビティマップ海洋版を公表しており、それによると石狩湾は比較的低リスクで湾の奥にやや高い海域があります。ただし、海上センサスではカモメ類、ウ類、カモ・アビ類に加えミズナギドリ類が観察されており(南波、浦:北の海鳥11号)、また、GPSトラッキングにより天売島で繁殖するウトウが150kmほど離れた石狩湾の奥で頻繁に採食する年もあることがわかりました(環境研究総合推進費4-1803)。近くにはウミネコの繁殖地もあり、慎重な情報収集が必要です。


4. 苫東地域の現状:先崎理之(北海道大学大学院地球環境科学研究院)
 
 自然度の高い環境がまとまって残る苫小牧市東部から厚真町西部の海岸部において、Daigasガスアンドパワーソリューションズ株式会社による(仮称)苫東厚真風力発電事業が現在進行しています。本講演では、北海道産鳥類の約50%に相当する238種が事業地において記録されていること、その中には40種以上の環境省レッドリスト掲載種が含まれていることを紹介しました。

 続いて、演者らによる2012年以降のモニタリング調査によって事業地内部とその周囲において4〜8つがいのチュウヒの繁殖が毎年確認されており、特に海岸部の湿地で営巣数が多いこと、事業地でタンチョウが過去2回繁殖に成功していること、事業地が勇払原野に残存する最後のアカモズ繁殖地の一つであることを紹介しました。

 最後に、上記稀少種を含む鳥類に対する当事業の悪影響を鑑み、当事業の中止を求めて鳥学会が提出を予定している要望書について、その作成過程、苦労した点、現在までの進捗状況を紹介しました。


5. 鳥学会からの要望書の提出状況:佐藤重穂(森林総合研究所四国支所)
 
 日本鳥学会には委員会の一つとして鳥類保護委員会があり、鳥類の保護や生息地の保全に関する活動を担当しています。鳥類保護に関する学会決議や意見書を関係機関へ提出する際には鳥類保護委員会で内容を審議しています。近年、風力発電については、以下のような要望書を提出しています。

 これらの要望書等は単に提出するだけでなく、添付資料として保全の必要性を示す根拠を提示するとともに、必要に応じて科学的な知見を提供する準備がある旨を伝えています。

 (仮称)苫東厚真風力発電事業に関しては、2020年12月に風力発電事業者に対して道央で最大規模の低湿地で多くの鳥類の生息地であり、保全の必要性のきわめて高い場所であることを提示する意見書を提出したものの、事業計画の再検討が見られなかったため、2021年度鳥学会大会での総会決議を準備するに至った経緯を紹介しました。


6. 総合討論
 
 総合討論では、はじめに風間から国内外の学会等による再生可能エネルギー導入に対する方針が紹介されました。日本生態学会態学会英国鳥類保護協会英国鳥類学協会などはホームページ等で再生可能エネルギーに対する基本的な考え方をそれぞれ公開しています。

 今後、日本鳥学会においても風力発電導入に対する何らかの方針を示すべきであるとの考え方が集会主催者より提案されました。さらに、@この方針案の策定、A鳥類研究者、行政あるいは電力事業者向けの鳥類影響評価に関する指針の作成、およびB個別風力発電事業に対する意見書案の作成など、急増する風力発電計画に即応するためのワーキンググループを日本鳥学会鳥類保護委員会の下部組織として設立することが提案されました。

 300名以上の参加があった会場からは、これらの提案に対して好意的な意見が寄せられました。風力発電を「真の環境調和型エネルギー」とするべく鳥類に対する影響評価が拡充されるよう積極的に情報発信すべきとの意見が多数ありました。一方、指針を公開しても事業者に適切に利用されない可能性もあるため、行政へ積極的にはたらきかけたり、行政機関が公開しているアセスメント手引きの中で参照されるよう促したりするなど、情報発信のやり方には工夫が必要であるとの指摘もありました。
posted by 日本鳥学会 at 12:00| 大会報告