2023年02月20日

translatEプロジェクトについて

海外での研究シリーズ、オーストラリアでの研究の様子を3回に分けて紹介していただいた天野達也さんの記事は、今回で最終回となります。天野さんは本記事でも触れられている研究内容で第18回学術振興会賞を授賞されています(授賞理由等詳細(PDF)クイーンズランド大学のニュース記事)。

英語での論文執筆や発表で苦労されている方は多いと思いますし(私も現在オーストラリアにいますが、英語がペラペラになれる気はしません・・・)、英語ができて当たり前だから・・・と諦めてしまった経験がある人はいないでしょうか。その「当たり前」にあえて疑問を投げかける天野さんの論文を読むと、苦労しているのは私だけじゃないんだ、という気づきと、特に最後の考察と結論の文章、英語ネイティブの人たちに訴えかける力強い言葉に、英語を母国語としない世界中の研究者が勇気を貰える気がしています。是非、リンク先の論文にも(英語ですが、DeepLGoogle翻訳など一昔前より飛躍的に向上している技術を活用しつつ)目を通してみてください。(広報委員 上沖)




連載の第一回ではオーストラリアへの異動の経緯を、第二回では私が感じたオーストラリアの研究・生活環境について書かせていただきました。

最終回となる今回は、私がオーストラリアに来てから立ち上げたtranslatEというプロジェクトについて紹介させていただこうと思います。

translatEプロジェクトでは、人によって母語が異なることによって生じるコミュニケーション上の障害、「言語の壁」に注目し、それが生物多様性の保全や、科学全体にどのような影響を及ぼすかを明らかにすること、またその問題を解消していくことを目的としています。詳しくはウェブサイトもご覧ください。

2008年に在外研究のために渡英して、当初は自分の言いたいことが全く英語で表現できなかった経験から、英語の壁の存在は個人的にずっと感じていました。ただし、その英語の壁が生物多様性保全や科学全体に及ぼす影響を意識するようになったのは、2011年頃にLiving Planet Index(LPI)に使われているデータの分布図を見たのがきっかけでした。アフリカのデータ分布が明らかにケニア、タンザニアなど一部の国に偏っていたのです。当時所属していた研究室の学生がこれらの国でのフィールドワークは英語が通じて便利と話していたこともあり、LPIのデータ分布と英語が公用語の国を見比べてみると驚くほど似通っていて、「英語が公用語の国のデータしか使われていない…?」と衝撃を受けました。

そこで生物多様性に関わる複数の国際的なデータベースを用いて、収蔵されているデータの分布と各国の英語話者数の割合を比較すると、やはりどのデータベースでも英語話者数の割合が高い国ほど収蔵されているデータ数も多いことが分かりました(Amano & Sutherland 2013)

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オーストラリア生態学会・国際保全生物学会オセアニア支部合同年次大会での発表
コピーライトマーク Ecological Society of Australia


このパターンが生まれる原因は二つ考えられます。一つは、英語が公用語でない国の方が実際にデータが少ないこと、もう一つは、英語が公用語でない国のデータが国際的に利用されていないこと、です。もちろん実際には両方影響しているのでしょう。ただ日本の研究やデータがしばしば日本語でしか得られず、国際的には使われにくいことを知っていた私としては、後者が少なくとも日本には当てはまることを知っていました。問題はそれが他の国にも当てはまるかでした。

そこで英語以外の言語でそもそもどのくらいの科学的知見が出版されているのか調べてみることにしました。幸い、非常に多くの国籍の研究者と知り合える環境にいたため、ターゲットとした16言語のほとんどについて、知り合いの中から文献検索に協力してくれる人を見つけることができました。フランス語は協力者がすぐには見つからなかった言語の一つで、受け入れ研究者だったビルに頼んだところフランス生態学会の会長(!)を紹介され、「フランス語でconservationは何というのですか?」と聞いたところ、「ええと… conservation… だね。」と返信が返ってきたのは今となっては笑い話です。

その結果、生物多様性保全に関わる文献の約3分の1は英語以外の言語で発表されている可能性が明らかになり、2016年に論文として発表しました(Amano et al 2016)。メディアでの取り上げられ方や研究者コミュニティからの反応に見るこの論文への反響は予想以上に大きく、もっと掘り下げてみる価値のある課題だと感じました。

そこでその後すぐ2017年から、各言語の話者から正式な共同研究者を募って、特定の基準に当てはまる学術論文が各言語でどのくらい存在しているかを明らかにする研究を始めました。当時所属していたグループが主導していたConservation Evidenceプロジェクトで生物多様性保全の対策の効果を科学的に検証した論文を検索・収集していたので、同じプロトコルを用いて、検索を他の16言語に拡張することで、同様の論文が英語以外の言語でどのくらい得られるかを明らかにすることにしました。

さらに2018年には言語の障壁が生物多様性保全に及ぼす影響として、世界規模でのエビデンス集約への影響(英語以外の言語で得られるエビデンスが国際的には利用されない問題)、また各地でのエビデンス利用への影響(英語でしか得られないエビデンスが非英語圏では利用されない問題)、という二つの問題に注目した研究計画をまとめ、獲得したfellowshipで2019年からオーストラリアへ移り、本格的なプロジェクトとしてこれらの課題に取り組むようになりました。

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クイーンズランド大学セントルシアキャンパス


Fellowshipを獲得したことで、これらの研究に集中して取り組むことができ、言語の障壁が生物多様性保全に及ぼす影響について様々な成果を発表することができました。2021年には50人以上の共同研究者との3年以上にわたる共同研究の成果として、英語による保全対策の効果に関するエビデンスが少ない地域や種において、特に英語以外の言語で得られるエビデンスが多いという成果を発表することができました(Amano et al 2021a)。これはすなわち、英語以外で発表されている科学的知見を国際的に有効活用することで、英語だけでは情報が得られない種や地域について保全上重要な情報が手に入るということを示しています。

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クイーンズランド大学セントルシアキャンパス


またNegret et al (2022)では、鳥類の絶滅危惧種では分布域内で特に多くの言語が使われていること、Chowdhury et al (2022)では、生物多様性保全に関わる文献の発表が英語だけでなく他の多くの言語でも毎年増え続けていることを示しました。どちらの結果も、言語の障壁を克服することが保全において重要であることを示しています。これらを踏まえてAmano et al (2021b)では、科学における様々なタイプの言語の障壁を克服するための解決策を提案しました。また以下の研究はまだプレプリントの段階ですが、英語が公用語でない国における生物多様性に関する報告書で英語以外の言語の文献が重要な役割を果たしていることを示した研究(Amano et al 2022a)、また日本を含む世界8か国、908人の環境科学者を対象とした調査によって、英語を母語としない研究者が被る不利益を定量化した研究(Amano et al 2022b)も発表することができました。博士課程の学生やポスドクと行っている研究も複数進行中です。

これら一連のプロジェクトの始まりはほんのちょっとした思いつきだったのですが、その後継続して取り組むことで、言語の壁という切り口から、エビデンスに基づいた保全や意思決定、科学コミュニケーション、学術界における不平等という問題など、様々なトピックに取り組みを発展させてくることができました。結果論ではありますが、その過程では、英国でのポスドク時代にあった、突拍子もないアイディアを実行に移す時間的・金銭的・精神的余裕、またこの研究でフェローシップが獲得できたことが示しているように、型にはまらない研究でも評価される環境が、それぞれ重要な役割を果たしていたと思います。また自分が重要だと思ったことに継続して取り組み、科学コミュニティ内外で機を見てその重要性を主張し続けることも、Conservation Evidenceプロジェクトを始め、様々な研究者の取り組みから学び、実行していることです。

今後もさらにプロジェクトを発展させ、生物多様性保全のために世界中で得られたあらゆる科学的知見が、言語や社会経済的背景に関わらず誰にでも利用できるような仕組みを実現していくために、少しでも貢献していければと思っています。

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Centre for Biodiversity and Conservation Scienceのオフィス


translatEプロジェクト、及びクイーンズランド大学における私の研究グループKaizen Conservation Groupでは、共同研究者やJSPS海外特別研究員、また博士課程の学生として一緒に研究してくれる方を常に受け付けています。私達のグループはCentre for Biodiversity and Conservation Scienceという生物多様性保全を目標とした国際的にも著名な研究センターに属しており、様々な専門を持つ多くの研究者と交流することができます。興味のある方は是非ご一報ください。
posted by 日本鳥学会 at 16:36| 海外での研究

2023年02月13日

鳥の学校「鳥類研究のための空飛ぶドローン講座」に参加しました

中島京也(日本ワシタカ研究センター)


 日本鳥学会2022年度大会は新型コロナウイルス対策に配慮しながら3年ぶりの現地開催となり、13回目となるテーマ別講習会「鳥の学校」も「鳥類研究のための空飛ぶドローン講座」として実施されました。2014年に日本鳥学会大会と同時に開催された国際鳥類学会議ではRound Table DiscussionでDr. David BirdとDr. Juan José Negroから鳥類調査への無人航空機の利用例が紹介されましたが、その後国内でも高画質の映像が撮影できるマルチコプター型ドローンの普及が進み、鳥類の調査や研究に空撮画像やそれらの解析データが利用されるようになってきました。近年はドローンが小型化して携帯性が向上し、機体の価格も下がってきましたので、撮影用機材として利用される機会はさらに増えると思われます。このような状況の中で「鳥の学校」としてドローンに関する講座が企画され、酪農学園大学環境共生学類環境空間情報学研究室の小川健太先生から専門的な内容を学べる機会が得られたのは効果的だと感じました。

 講座ではドローンを飛行させる際の注意点や関連する法律などの基本的な事項から撮影した画像の処理方法などの具体的な事項まで紹介され、これからドローンを使用する事を検討している参加者にとっては大変参考になったと思います。また、大きさの異なる3種類のドローンの実機も用意され、参加者による屋外での操縦体験の他に事前に設定した範囲を自動で飛行するドローンが地上の画像を連続撮影する様子やその撮影画像をデータ解析に利用する過程も確認することができ、座学だけではない「鳥の学校」の特色が活かされていました。既にドローンを調査等で使用している経験者の方も参加者に含まれていたため、冬期にドローンを使用する際のバッテリー保温方法など製品のマニュアルには載っていない具体的な対策例が参加者側から紹介されたのも参考になったと思います。

 講座で使用する参考資料のご準備の他にドローンの実機展示と多数の参加者による操縦体験にもご対応いただいたので、機体の運搬や複数の予備バッテリーの準備など小川先生と環境空間情報学研究室の皆様には通常の講義よりもお手数をおかけしたと思います。そのご協力に対しまして改めて厚く御礼申し上げます。また、「鳥の学校」の開催にご尽力いただいた日本鳥学会企画委員会の森口紗千子様をはじめとした関係者の皆様、講座終了後に路線バスを利用して公開シンポジウム会場へ向うと開始時間に間に合わないのでご自身の車両に関係者を乗せて移動していただいた参加者の皆様にも感謝申し上げます。
posted by 日本鳥学会 at 00:28| 鳥の学校

鳥の学校第13回「鳥類研究のための空飛ぶドローン講座」体験記

中村晴歌(北海道大学)


 空撮や農薬散布、荷物運搬まで幅広い分野で活躍するドローンを、鳥類研究に応用するための入門講座となる「鳥類研究のための空飛ぶドローン講座」が、鳥学会2022年度の鳥の学校で開催されました。私自身は特にドローンを使った研究をしているわけではなく、ドローンの操縦体験に惹かれて参加を決めました。
 
 今回講座を担当してくださったのは、酪農学園大学農食環境学群環境共生類准教授の小川健太先生です。先生のご専門はリモートセンシングによる環境モニタリングで、北海道ドローン協会会長も務めておられます。

 講座は室内での講義パートと屋外での操縦体験パートがあり、午前中の方が天気が良いとのことでまずは操縦体験から始まりました。

ドローン操縦体験
 経験者と初心者に分かれ、東京農業大学網走キャンパスの広大な学生用駐車場で操縦体験を行いました。私はもちろん初心者チームに入り、PHANTOM RRO V2(図1)という白くて比較的小型の機体を数分間操縦させていただきました。短時間ではありましたが、参加者全員がドローン操縦を体験できました。

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図1 PHANTOM RRO V2 右が機体で左がコントローラー。コントローラーについた液晶でドローンが撮影している動画を確認できます。


操縦した率直な感想としましては、

・スティックの操作が複雑で慣れるまで時間がかかる
 私が操作したモードでは、右スティックで上昇・下降・横移動、左スティックで前進・後退・回転ができるのですが、これを正確に把握して操作するのは初心者だとかなり難しかったです(逆に、普段からシューティングゲームなどでゲーム機のコントローラーを握っているような人はかなり得意かもしれません)。

・奥行きの正確な感覚が必要
 地面に置かれた直径1mほどのシートから離発着をしたのですが、このシートの中に着陸させるのが難しかったです。左右のブレはそこまで出ないのですが、シートよりだいぶ手前や奥に着陸させてしまう方が私含め多い印象でした。

 経験者チームはINSPIRE2 X5S(図2)という黒くて大きな機体を使って駐車場側の畑の撮影を行っていました。途中カラスがそばを飛んだりしていましたが、目立ったモビング行動などは取らず。操縦体験前にはオオワシが2羽上空を飛ぶところを観察できるという嬉しいサプライズもありました。

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図2 INSPIRE2 X5S 経験者チームが操縦体験をしていた機体。機体が大きい分、近づかれた時の威圧感や飛行中の音がPHANTOM4より大きいような気がしました。調査環境や対象種によって適した機体は違ってきそうですね。


ドローンについての講義
 午後からは北海道ドローン協会が作成したドローン教科書基礎編を用いた講義をしていただきました。操縦する際の天候や機体の管理方法から2021年航空法の改正、操縦に国家資格が必要になったことなどまで幅広く学ぶことができました。

 印象に残ったのは実際の研究への応用例です。以下興味深かった部分を簡単に紹介します。

・広大な面積をもつ湖沼などでの水鳥のモニタリング
水鳥のドローンへの反応は種によって、また水面か陸上かで反応性が異なり、例えば水面での垂直接近の下限高度はカモ類>ハクチョウ>マガンの順で大きく、単純に鳥の大きさで決まるわけではない。
(詳しくは2019年に公益財団法人宮城県伊豆沼・内沼環境保全財団より発行されたドローンを活用したガンカモ類調査ガイドラインhttp://izunuma.org/pdf/drone_gideline.pdfを参照)

・鳥の捕獲に使用できるかもしれない
 実際にドローンに捕虫網を取り付けて昆虫を捕獲して調査研究を行った例がある(Madden et al. 2022)。飛行能力が高い種では難しそうですが、地上性で長距離を飛べないような種では可能だったりするのでしょうか。

・送電線鉄塔の鳥の巣モニタリング
 ディープラーニングを用いて自動的に鳥の巣を発見できる(Dong et al. 2022)。送電線鉄塔だけでなく、人が直接アクセスしづらいような場所で繫殖する種のモニタリングがドローンによってどんどん可能になっていくのでしょう。すごく楽しみです。

全体を通しての感想
 今回の鳥の学校でドローンについて事前に学習したおかげで、鳥学会を聴講する際ドローンを用いた多くの研究発表をより深く理解することができました。そしてとても便利なように思えるドローンですが、実際はバッテリーの持続時間や天候の問題、高度な操作技術の必要性など鳥の研究に応用する上でまだまだ難しい点がたくさんあることを初めて知りました。発想次第ではまだまだ新しい応用方法がこれからいくらでも出てきそうなので、今回のようなそれまでドローンに触れたことのない人でも気楽に操縦体験ができる機会が今後もっと増えていくことを願います。

posted by 日本鳥学会 at 00:28| 鳥の学校

2023年02月10日

鳥の学校(第13回テーマ別講習会)「鳥類研究のための空飛ぶドローン講座」報告

企画委員会 森口紗千子

 
 鳥の学校−テーマ別講習会−では,専門家を講師として迎え,会員のレベルアップに役立つ講演や実習を行っている.第13回は,2年ぶりに対面で開催された2022年度大会と連結して,大会初日の11月3日に大会会場である東京農業大学網走オホーツクキャンパスで行われた.近年,鳥類の野外調査でも使用され始めたドローンを使う上で,ドローンを鳥類調査に用いるために必要な知識と技術を養ってもらうため,機種,法令,安全管理,データ解析,鳥類への影響等に関する座学と,操縦実習まで,小川健太氏(酪農学園大学)を講師にお迎えし,26名の会員が参加した.

 天候が午後から悪化する予報であったため,講師の紹介と簡単な説明の後,さっそくドローンの野外実習を大会会場の駐車場で行った.講師らによる2種類のドローンの操縦や撮影の実演に加え,経験者と初心者にグループ分けされた参加者も操縦を体験した.
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図1_座学風景

 後半は座学で,ドローンの一般的な知識や使用方法,国家資格化の動向などの最新情報に加え,鳥類の調査研究のための水鳥類の自動カウントなどの実践的な手法を学んだ.さらに,野外実習で撮影した画像データを用いた解析のデモンストレーションへと続いた.座学では,ドローンの使用経験のある参加者と講師の間をはじめ,活発な情報交換が行われ,低温下でのバッテリーの保管方法など,使用時のポイントが議論された.
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図2_参加者のドローン操縦体験

 事後アンケートによると,参加者のうちドローン経験者からは,悩みの共有や新しい知見の情報交換ができた,ドローン初心者からは,操縦体験だけでなく新しい技術にも触れられた,ドローンを用いた研究発表への理解が深まったなどの感想が寄せられ,質問できる機会が多くてよかったなど,参加者の満足度も高かった.ドローンの準備から始まり,幅広い内容にわたる座学と,参加者との相互のやり取りを重視して講義を進めてくださった講師,野外実習を補助していただいた助手の方々,コロナ禍の大会開催という困難の中,会場準備にご尽力いただいた大会実行委員会の方々,そして円滑な進行にご協力いただいた参加者の方々に,深くお礼申し上げる.
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図3_ドローンからの撮影

 鳥の学校−テーマ別講習会−は,今後も大会に接続した日程で,さまざまなテーマで開催する予定である.鳥の学校の案内は,大会ホームページや学会誌に掲載する.
posted by 日本鳥学会 at 00:00| 鳥の学校