2022年08月12日

日本鳥類目録第8版の編集について

西海 功(目録編集委員長)

 日本鳥類目録は1922年の初版発行以来10年毎の改訂を目指してきた。第3版までは目標通り10年おきに改訂できたが、第4版以降は短い時でも12年、長い時には26年も改訂に年月を要した。最新の第7版は2012年に発行されたので、次の第8版は10年後の2022年、つまり今年の発行が目標であった。2018年に第8版編集のための目録編集委員会が組織され、今年の発行に向けて準備が進められてきた。第8版では新たな試みをいくつか取り入れたが、特に大きな試みとして次の2つを実施した。一つはパブリックコメント(以下、パブコメ)の実施、もう一つは海洋分布の追加である。不運なことに、この編集の後半の追い込み時期にコロナ禍に見舞われた。新たな試みが予想以上に時間を要したことにコロナ禍による作業の遅延が重なり、2022年中には発行ができなくなり、2023年9月まで発行を延期せざるを得なくなっている。会員はもちろん、出版関係者や行政など関係する諸機関にも多大なご迷惑をおかけすることをお詫びし、来年9月の発行をお約束したい。
 パブコメの実施もあり、今回の目録の編集にあたっては多くの方々から意見が寄せられている。第一回のパブコメは、採用種・亜種とその学名と和名に関して2021年2月から4月まで行われた。第二回のパブコメは分布も含めて全体のことについておこなうが、11月の網走大会までにリストを提示して、来年1月末まで意見を募りたい。これまでにいただいた意見のうち比較的大きなこととの関りで説明を要すると思われることを以下にご説明したい。

1.日本鳥類目録とは?
 鳥類目録(Checklist)とは、ある地域(または世界全体)の種・亜種の分類学的な包括的リストで、分布地やそのステータス(留鳥、越冬、通過、迷鳥など)が示されているが、通常、形態情報や写真、生態情報は示されていないものである。その日本地域版が日本鳥類目録であり、日本鳥学会が発行する日本鳥類目録は幸か不幸か現在では唯一の日本鳥類目録となっている。しかし歴史的には20世紀初頭まで複数の日本鳥類目録が存在した(森岡, 2012)。また世界の鳥類目録はIOC World Bird ListHoward and Moore Complete ChecklistBirds of the World, Cornell LaboratoryClements Checklistなど多数ある。日本鳥類目録が現在1つしかないことで、日本の鳥類フィールドガイドや行政が日本鳥学会の目録に沿って鳥の種の分類や呼び名(和名や学名)を使うことが通例となっている。
 しかしBrazil (2018) のように、IOC Listを基本にして著者の判断も加えながら独自の分類でフィールドガイドを作ることもできる。このような図鑑を良く思わない人もいるが、私はむしろ歓迎したい。鳥の正しい分類というものが自然界には存在していると私は考えているが、その正しい分類を人が完全に認識しつくせるとは思っていない。全ての目録は仮説であって、その時点での科学的知見から見て、最も妥当と思われる分類を編集者が組み立てて提唱しているのが目録ということになる。図鑑の編集者は分類を特定の目録に依拠して編集することもできるし、気に入った分類がどの目録にもないなら独自の分類をおこなって図鑑を編集することもできる。例えばオーストンヤマガラが日本鳥類目録では種ヤマガラの一亜種として扱われているのに、Brazil (2018)では独立種として扱われているというように、異なる分類が採用されることで、一般のバードウォッチャーもその種・亜種の分類が定まっていないことが理解できる。
 日本鳥類目録は日本産種の選定を文献主義に基づいておこなっているが、「目録は分類も含めて文献主義を取るべき」と考える人もいる。ある分類を示唆する結果が論文で示されたなら無条件でそれを全ての目録が採用すべきで、もしそれに異論があるなら反論を学術誌に投稿すべきという。これは無理難題というもので、理想としてはあり得ると思うが現実的ではない。もしそれが現実的であるなら世界の鳥類目録が多数存在することはなく、どの目録も同じ内容になるだろう。しかし、目録第8版の出版後には、できるかぎり分類の根拠についても説明していきたい。
 日本鳥学会の目録は、幸いにも現在では唯一の日本鳥類目録で、多くの図鑑や日本の行政がその分類を採用しており、その結果、鳥の分類や呼び名についての混乱は日本ではそれほど大きくないと思う。不幸な側面としては、利用者には選択の権利が用意されていないことであり、また上記のとおり、分類が定まっていない場合でも、それを知ることが少し難しい面があることだろう。

2.和名について
 鳥の標準和名を定着させることについては、歴史的にも日本鳥類目録が大きな役割を果たしてきたといえる(森岡, 2012)。その点からも日本鳥類目録は鳥類和名について大きな責任を負っている。鳥類和名の規則や慣習については別稿に譲るが(西海, 2018)、和名について日本鳥類目録は慎重な検討をおこなってきたし、第8版の編集でもいくつかの大きな検討が行われている。目録第6版「はじめに」で詳しく説明されているように、主要な亜種の和名は種和名と一致させるという原則を日本鳥類目録は採用してきた。ただ、第8版ではそうすることで不都合が生じる場合には例外を躊躇なく設けることとした。ニシセグロカモメの亜種をホイグリンカモメとし、メグロの基亜種をムコジマメグロとすることがその例外に該当する。
 オリイヤマガラやオガサワラカワラヒワなどこれまで亜種として扱われてきたものを種に格上げする場合には、オリイガラやオガサワラヒワと短い和名に変更することにした。このような和名の変更には、大きな危惧を表明される方も複数おられたが、短くする利点を優先させていただいた。ウチヤマセンニュウがかつてシマセンニュウの亜種とされていた時にはウチヤマシマセンニュウという亜種名で呼ばれていたが、種に格上げされた際に短い和名にしたことなど日本鳥類目録の伝統を継承したことになる。ただ、リュウキュウサンショウクイとホントウアカヒゲは同様に亜種から種に格上げされるが、適切な短縮ができず和名の変更はない。
 逆に種サンショウクイは、リュウキュウサンショウクイが独立種となることで、単形種(亜種がない種)になるが、その和名を変えてほしいという要望があり、検討することになった。IOC Listの英名は、Ashy Minivetと元々呼ばれており、Ryukyu Minivetが独立種となった後も変わっていないが、このように種の枠組みが変わる場合、IOC Listでの英名はより適切と思われるものに変わることがある。例えば、メジロの英名はJapanese White-eyeだったが、中国南部の亜種simplexhainanusが別種として独立し、フィリピンからインドネシアに分布するmontanusが加わることで、Warbling White-eyeという英名がIOC Listなどでは与えられている。対照的にこれまで日本鳥類目録は種の枠組みが変わることでは種和名を変えたことはないが、今回は例外的に狭義の種サンショウクイには新たな和名ウスサンショウクイを充てることが検討されている。
 第8版への改訂に向けた検討の中で、最も大きな検討が行われたのは、アホウドリの和名についてだった。この和名を蔑称と感じ、不快感を表明し、和名の変更を求める意見を複数いただいた。この件は目録委員会だけでなく、評議員会でも討議された。生物和名の蔑称に関する自然史系関連学会での扱いを調査したところ、差別的用語を理由に動物標準和名を改称したのは、関連学会の中で魚類学会の2007年の改称のみだった。メクラウナギをヌタウナギに、バカジャコをリュウキュウキビナゴに改称するなどした(松浦, 2007)。その際の目的として「人権に対する配慮」と「言い換えや言い控えによる混乱を収めること」の2点が挙げられた。現在までのところ「言い換えや言い控えによる混乱」が生じていない動物名については差別的用語を含むものでも改称せず、和名の安定性をより重視するというのがこの問題の扱いの標準となっていると判断された。アホウドリの和名については今回の指摘で人権の観点から不快に感じる人が少なからずいることははっきりしたと思うが、この呼称による「混乱」の例は今のところ知られていない。もしも鳥学会がアホウドリの和名を「人権配慮」を理由に改称すると、関連学会への影響も懸念され、事前の説明と議論が不可欠となる。少なくとも第8版の改訂に間に合わせることはできないし、改称の方向で学会が動くことも少なくとも当面は難しいという判断となった。

3.まとめ
 パブコメなどを通して諸方面からいただいたご意見は、当然ではあるが委員全員が理解するように努めた。どれも理解できる意見ばかりだったと私は感じている。しかし、「こちらを立てればあちらが立たず」ということが起きてどちらかを選択せざるを得ないことが多くあった。また現実と理想とのギャップや私個人も含む鳥学会の力量不足から第8版で取り入れられない意見も少なからずあったことは率直にお詫びしたい。ただ、労力を割いて意見を提出したことが無駄だったと無力感を感じる方がもしおられれば、それは違うと申し上げたい。すべての意見が少なからず当委員会や各委員の認識の向上に役立ったと思うし、今後の鳥類目録に多少なりとも影響していくことになるとご期待いただきたい。
 今年は日本鳥類目録初版が出版されてからちょうど100周年にあたる。この記念の年に改訂第8版が出版できず、来年に延期になるのは誠に残念で、かつ申し訳なく思うが、パブコメの意見を検討できた(第2回についてはこれから検討できる)ことと海洋分布情報が追加できることはこれまでの日本鳥類目録にない大きな進歩であり、来年9月の出版に大いにご期待いただきたい。

引用文献
Brazil, M., 2018. Birds of Japan. Christopher Helm, London.
松浦啓一, 2007. 差別的語を含む標準和名の改名とお願い.
森岡弘之, 2012. 日本鳥類目録の変遷. 日本鳥学会誌, 61 (Special Issue): 74-78.
西海 功,2018. 鳥の和名.海洋と生物, 40(2): 139-141.
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2022年04月01日

(仮称)苫東厚真風力発電事業計画への対応をめぐって(下)

武石全慈(鳥類保護委員会委員長)

4. 2021年度書面総会での要望書決議
 2021(令和3)年3月下旬には、本件事業の中止を求める要望書を鳥学会長名で事業者に対して提出して欲しい旨の打診が鳥学会員4名の連名で鳥類保護委員にあり、4月20日付けで決議採択依頼状と要望書案を鳥類保護委員会に提出していただきました。その際の要望理由は、本事業計画地とその周辺は、国内希少野生動植物種のタンチョウ、チュウヒ、オジロワシ、オオワシの繁殖地や生息地となっているとともに、天然記念物のマガン、ヒシクイの移動経路や餌場および塒が存在し、近年個体数減少が懸念されるオオジシギも多数繁殖し、その他の多くの野生動植物にとっても非常に重要な生息・生育地となっていること、また、これらの鳥類は風力発電施設等の人工物への衝突リスクが高いか、障壁影響の発生確率が高いと考えられ、風力発電施設の建設がこれらにもたらす影響は極めて大きいと予測され、事業計画の中止以外には影響を回避・低減することは困難と考えられるということでした。
 その後、要望書提案者と保護委員会との間での協議や保護委員会内部での検討を行ない、要望書の文面の修正を行なって行きました。
 その最中に、タンチョウについては、本事業計画地の風車設置区域の浜厚真地区の海岸湿地で、2017年の繁殖成功に引き続き、2021年にも1つがいの再度の繁殖が確認され、それに合わせて要望書の内容を適宜に変更しました。この2021年の繁殖活動については、4月7日に就巣個体を初確認、4月27日に2卵を確認、5月7日に1雛1卵を確認、5月12日に成鳥2羽と連れ立つ雛2羽を確認といった経緯をたどり、7月17日まで浜厚真海岸湿地に滞在した後、親子共々歩いて本事業計画地外へ移動したとのことでした(日本野鳥の会苫小牧支部報No.238)。また、7月12日には、このタンチョウの繁殖成功についての記事が朝日新聞からウェブニュースを含めて報道され、広く世間に知られることとなりました。
 また、現地との関係で触れれば、チュウヒについては、勇払原野は国内有数の繁殖地になっていますが、同地でのSenzaki et al. (2017) の研究によると、湿地パッチ内の繁殖つがい数やつがい当り巣立ち雛数は、湿地パッチ重心から周囲2km以内での人工的な土地利用(舗装道路、工業用地、住宅地、太陽光発電所等)の面積割合と負に関係することが示されていて、現地での風車建設による(バードストライクとは異なる)人工構造物のマイナス影響が懸念されるところです。
 最終的には、鳥類保護委員会として鳥類の保全上重要な案件であると判断して、「(仮称)苫東厚真風力発電事業に対する事業中止要望書」を総会決議として採択することを提案して、8月14日に学会事務局に提出しました。その後、評議員会での審議を経て、日本鳥学会2021年度書面総会に議案として提出され、有効表決者の方々の圧倒的多数の賛成を得て、2021年10月22日付で可決されました。鳥学会会員の皆様には御礼申し上げます。その後、要望書は日本鳥学会長名で11月25日付で事業者のDaigasガスアンドパワーソリューション(株)に郵送され、その写しは親会社の大阪ガス(株)、環境大臣、経済産業大臣、北海道知事、苫小牧市長、厚真町長にも郵送されました。

5. 現地視察
 今回の総会決議要望書の提案者の4名の方々は、以前から本案件の現地で調査研究を行なって来られていますし、鳥類保護委員の中にも現地を訪れている方がおられますので、今回の要望書作成の際には現地の状況把握は基本的にはできていたわけです。ただ、私個人としては、本案件のスケール感が今ひとつわからなかったので、2021年6月14日〜19日にレンタカーで、12月14・15・17日に徒歩で、現地とその周囲を見て回りました。6月の浜厚真海岸では、延々と続く海浜植物群落のあちこちでノビタキがさえずり、砂浜にはオジロワシがたたずみ、湿地周囲でタンチョウがゆっくりと歩きながら餌を探し、オオジシギの誇示飛翔音が聞こえてきます。事業計画地内外の湿地や草地ではチュウヒが飛び交い、エゾシカがちょっと多すぎでしょうがどこにでも現れ、前日の昼にヒグマが通過していったことを示す看板を見かけ(私、前日の昼にはそのあたりにおりました)、なかなかすばらしい所だと実感しました。12月には事業計画地内外の河川沿いの林や鉄橋、防風林や上空などあちこちでオジロワシを見かけ、いくつかの河口域にオオハクチョウの姿や音声を認めました。勇払原野の一部ということですが、原野といっても湿地の占める面積は狭いようで、その大部分がハンノキ林と牧草地、農地からなっていて、さらに造成地跡の乾燥草地が加わっています。私の見て回った範囲では、浜厚真海岸・鵡川河口周辺・弁天沼・安平川河口周辺などの湿地は非常に貴重な存在になっていると思いました。
1. オジロワシ成鳥20211217むかわ町日高本線廃線部鵡川鉄橋.jpg

写真1. むかわ町日高本線廃線部鵡川鉄橋のオジロワシ成鳥 2021年12月17日 武石撮影

2. オオハクチョウ成5幼3羽20211215 厚真町厚真川河口域.jpg

写真2. 厚真町厚真川河口域のオオハクチョウ成鳥5羽幼鳥3羽 2021年12月15日 武石撮影

3. エゾシカ45頭20210616厚真町浜厚真海岸.jpg

写真3. 厚真町浜厚真海岸のエゾシカ45頭 2021年6月16日 武石撮影

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写真4. 苫小牧市弁天のヒグマ注意看板 2021年6月18日 武石撮影

6. 記者発表
 今回の要望書発出に際しては、2021年12月16日の午前11時から苫小牧市政記者クラブ(苫小牧市役所内)において(公財)日本野鳥の会、日本野鳥の会苫小牧支部、ネイチャー研究会inむかわの3団体と共同で記者発表を行ないました。この記者発表の設定と鳥学会側の参加につきましては、(公財)日本野鳥の会の浦達也さんに色々とご配慮いただきました。この場を借りて御礼申し上げます。当日は、上記3団体共同による要望書と鳥学会による要望書の2件について発表が行なわれました。前者の発表は、「勇払原野の風力発電計画地内で特別天然記念物タンチョウの繁殖を確認」、「タンチョウの繁殖確認による(仮称)苫東厚真風力発電事業の撤回を求める要請書」(大阪ガス宛)、「国内希少野生動植物種タンチョウの繁殖に伴った(仮称)苫東厚真風力発電事業に対する要望書」(環境大臣宛)、「国の特別天然記念物タンチョウの繁殖に伴った(仮称)苫東厚真風力発電事業に対する要望書」(北海道知事・苫小牧市長・厚真町長宛)(https://www.wbsj.org/activity/press-releases/press-2021-12-16/)についてでした。出席者は鳥学会からは武石及びオンライン参加の先崎理之さんで、上記3団体では、(公財)日本野鳥の会から中村聡ウトナイ湖サンクチュアリチーフレンジャーとオンライン参加の浦達也主任研究員、日本野鳥の会苫小牧支部から鷲田善幸支部長と梅津譲一さん、そしてネイチャー研究会inむかわの小山内恵子会長でした。出席した報道会社は、NHK、毎日新聞、読売新聞、北海道新聞、苫小牧民報、ひらく(苫小牧の月刊ミニ新聞)の計6社で、1時間半ほど熱心に取材していただき、当日夜、翌日朝刊、翌月などに報道していただきました。特に「月刊ひらく」(2022年1月号No.47)では、5ページの特集記事として要望書の内容にも詳しくふれて報道していただきました(バックナンバーはhttp://www.shimbun-online.com/latest/hiraku.html)。

7. 留意点など
 今回の経緯全体を通してみて、関係する皆様方は何かと忙しいことと思われますが、やはり相互の報告・連絡・相談が大事なことであると思いました。それによって早めの判断が促されることになり、案件への対応に時間がかかりすぎるのを防いでくれることになるかと思われます。今回は風力発電に関しての対応に時間がかかったということもあり、また一般的に再生可能エネルギー施設の建設が急ピッチで進んでいる現状と鳥類保全との関係を考えて行くために、このたび鳥類保護委員会の中に、「風力発電等対応ワーキンググループ」を評議員会の了承のもとに設置しました。グループ長は風間健太郎さんです(グループメンバーについては各種委員会・役員ページを参照下さい)。
 なお、今回は記者発表の実施につきましては他団体のお世話になりました。鳥学会としての発表をアピールする上では、独自に記者発表の場を設定することが望ましく、こちらも早め早めの準備が必要となります。適切な発表者の参加がより可能になることも確かですので。
 また、記者発表時にはいつもそうなのでしょうが、こちらが記者発表要旨をお渡ししたとしても、記者はすぐに記事原稿をまとめ上げないといけないのでしょうから、口頭での説明の際に誤解なくわかりやすく一から説明することに努力する必要を痛感しました。記事になって初めて、思わぬ誤解があったことに気づいたりするものです。
 以上、ご報告まで。

文献
Senzaki, M., Yamaura, Y. & Nakamura, F. 2017. Predicting off-site impacts on breeding success of the marsh harrier. The Journal of Wildlife Management, 81(6), 973-981.

posted by 日本鳥学会 at 16:00| 委員会連絡

2022年03月22日

(仮称)苫東厚真風力発電事業計画への対応をめぐって(上)

武石全慈(鳥類保護委員会委員長)

1. はじめに
 日本鳥学会2021年度書面総会に議案として提出された「(仮称)苫東厚真風力発電事業に対する事業中止要望書」は、有効表決者の方々の圧倒的多数の賛成を得て、2021年10月22日付で可決されました。この案件につきまして、それまでの経緯や現地視察、その後の記者発表の様子などについて、広報委員会から鳥学通信への寄稿を依頼されました。この要望書は環境影響評価方法書(2021年2月発行)の提示後の段階で決議されたもので、今後もこの案件については関わっていくことになりますので、ご参考までに備忘録も兼ねて記してみます。
 日本鳥学会からの他の風力発電事業案件に対する要望書については、これまでに鳥類保護委員長名で3件が発出されています。それらは、北海道北部地域(2017年7月)、岩手県北上高地(2017年7月)、秋田県由利本荘市沖(2020年2・3月)での事業に対するもので、関係する官庁(経済産業省・環境省)と自治体(北海道・岩手県・秋田県)に向けて発出されました(鳥類保護委員会ウェブサイト参照)。内容は、バードストライク、障壁影響による飛行経路変更、生息地放棄に関して、複数事業による累積的影響の観点も含めて、適切かつ十分な調査と予防原則に基づく評価を行ない、立地選定や事業規模の見直しも含めた影響の回避・低減策を講ずることや定量的な事後調査を実施するよう、事業者への指導を要望するものでした。
 これに対して、今回決議された要望書は、日本鳥学会長名で事業者のDaigasガスアンドパワーソリューション(株)に事業の中止を要望したもので、2021年11月25日付で発出され(郵送)、その写しは親会社の大阪ガス(株)、環境大臣、経済産業大臣、北海道知事、苫小牧市長、厚真町長にも郵送しました。鳥類保護委員会ウェブサイトには、重要種の繁殖位置を示す図を削除した形の要望書を掲載しています。

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写真1 計画地内の厚真町浜厚真地区の海岸部に広がる湿地 2021年6月17日 武石撮影

2. 配慮書段階
 本事業については、その計画段階環境配慮書の縦覧が2020年5月26日から開始されましたが(縦覧期間1ヶ月、意見書提出締切6月26日)、6月上旬までに鳥学会員2名から別々に鳥類保護委員長あてに、意見書提出の要望が寄せられました。本事業計画地内の砂丘の湿地では2017年にタンチョウが繁殖し、道央地区では貴重なタンチョウ繁殖地が風車建設により失われる恐れがあること、計画地とその隣接地にある湿地や草地にはチュウヒや他の希少鳥類が数多く生息すること、また周辺の牧草地や遊休地はウトナイ湖等に集結するハクチョウ類・ガン類の餌場であり大きな影響の発生が懸念されるなどの理由からでした。
 本事業は、事業実施想定区域が北海道厚真町及び苫小牧市の海岸部に位置し、単機出力3,400〜4,300kW(最大高145〜191m、ローター直径120〜142m)の風車を10基程度設置する陸上風力発電施設の建設計画で、総発電出力が最大38,000kWとなっています。風車の全ては厚真川河口付近の両岸の厚真町内に設置され、苫小牧市域には送電・変電設備だけが設置されます。風車設置区域は約332.1ha、それ以外は約232.6haを占めるとのことでした。
 配慮書では、重要鳥類に対して、「生息環境の変化に伴う影響が生じる可能性」と「施設の稼働に伴うバードストライク等の重大な環境影響を受ける可能性があると予測した」が、「事業実施想定区域を可能な限り絞り込む時点で重要野鳥生息地(IBA)及び生物多様性の保全の鍵になる重要な地域(KBA)を除外したことにより、現段階では、重大な影響が、実行可能な範囲内でできる限り回避、又は低減されていると評価する」としていました。
 これに対して鳥類保護委員会で検討した結果、計画の中止や再考を求める上では、配慮書に対する意見としてではなく、計画そのものに対する意見書という形で事業者に提出する方が妥当であろうと判断し、委員を中心に意見書を作成しました。その後、提出までに時間を要し、2020年11月1日付の鳥類保護委員長名で、風車の建設計画を中止も含めて全面的に再考するよう要望する「(仮称)苫東厚真風力発電事業に対する意見書」を事業者へ郵送にて提出しました。

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写真2 計画地周辺の苫小牧市弁天で観察されたタンチョウ 2021年6月15日 武石撮影

3. 事業者との意見交換会
 この意見書には回答を要請する一文も含めていたところ、事業者から意見書の趣旨を確認したく意見交換を行いたい旨の申し出があり、2021年3月12日に鳥類保護委員6名と事業者・親会社・調査委託会社の4名とで、Zoomによる意見交換会を行ないました。この時点では、本事業のアセスメント過程は方法書の段階に移っていて、その縦覧期間と意見書提出期間(2021年2月1日〜3月26日)の時期にあたっていて、事業計画の内容はいくらか変更されていました。
 方法書では、風車設置区域については、厚真川西岸側での「植生自然度が高いヨシ群落及び湿地環境」が除かれていて、東岸側では住宅周辺と海浜汀線部が除かれ、その面積が約332.1haから約150.4haへと半減していました。しかし、上記の意見書で指摘していた2017年にタンチョウが繁殖した東岸側海浜砂丘内のヨシ等の湿地帯全域は風車設置区域内に含まれたままでした。後述するように、この湿地帯では2021年に再びタンチョウの1つがいが繁殖してひな2羽を育てる事に成功しました(日本野鳥の会苫小牧支部報No.238)。なお、変電所・送電線等の用地は、約232.6haから約301.8haに増加していましたが、風車の規模は変更ありませんでした。
 3月12日の事業者側との意見交換会では、保護委員会側からは、意見書内容の繰り返しになりますが、(1)本事業計画地は、ラムサール条約登録湿地、IBAs、KBAに隣接し、環境省センシティビティマップのA3メッシュに含まれ、一体として希少鳥類を中心とした野生動植物の重要な生息・生育地となっていること、(2)計画地及び隣接地は、重要種のタンチョウ、チュウヒ、オジロワシ・オオワシ、ガン類・ハクチョウ類やオオジシギなどの草原性の鳥類種群によって、繁殖、越冬、渡り時の通過の際に利用されていることから、風車の設置・稼働がこれらに対して、繁殖地放棄、繁殖成功率低下、生息地放棄、バードストライクなどの影響を与えることが懸念され、中止も含めて再考するよう主張しました。また調査方法についても、渡りのピーク時期、気象条件、レーダーの導入、大型鳥類の個体別飛翔追跡などを考慮するよう要望しました。事業者側からは、配慮書、方法書へとアセスメント過程を進めているが、予定通りに事業を実施することを現時点では必ずしも決めてはいないので、調査の結果を得てから、その時点での状況も踏まえて、事業の実施について判断したいとのことでした。
 (注)計画地内の海岸砂丘部の浜厚真で確認された鳥類リストについては、「浜厚真の鳥類〜浜厚真Bioblitz2021報告〜」を参照下さい。

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写真3 計画地内の厚真町浜厚真で観察されたオオジシギ 2021年6月17日 武石撮影

(続く)


※訂正(2022年3月28日更新)※
1)「3. 事業者との意見交換会」の1段落目において意見交換会の行われた時期について「縦覧期間(2021年2月1日〜3月4日)は既に終わり、意見書提出期間(2021年2月1日〜3月19日)の時期にあたっていて」と説明しておりましたが,正しくは「縦覧期間と意見書提出期間(2021年2月1日〜3月26日)の時期にあたっていて」でしたので訂正いたしました。新型コロナウイルス感染症緊急事態宣言の影響で、当初の公示期間が訂正した期間に変更になっていました。
2)「写真2」の説明で、撮影地が「計画地内の」となっておりましたが「計画地周辺の」に訂正いたしました。
posted by 日本鳥学会 at 20:28| 委員会連絡

2021年08月25日

女性リーダーが例外ではない社会を目指す 〜第18回男女共同参画学協会連絡会シンポジウム参加報告〜

中原 亨・山本麻希・堀江明香(企画委員)

 2020年10月17日、新型コロナウイルス感染症の影響で対面での大きな会議ができない中、第18回男女共同参画学協会連絡会シンポジウムがオンラインで開催された。鳥学会からは毎年オブザーバーとして企画委員が参加しており、本年度は山本・堀江・中原の3名が参加した。今回のテーマは「女性研究者・技術者の意思・能力・創造性を活かすために〜女性リーダーが例外ではない社会をめざして〜」であった。
 当日は、午前中に分科会と特別企画が行われた後、午後に4題の基調講演が行われた。分科会では、JAMSTECの原田尚子氏から南極越冬隊におけるリーダー像模索の体験談、(株)協和発酵の神崎夕紀氏からキリングループの取り組みとキャリア形成における体験談、そして前日までワークショップを担当されたニューヨーク州立大学ストーニーブルック校のLily Cushenberry氏から、心理学的側面から考えるリーダー像、革新的な試みを進める上での環境づくり、科学・技術・工学・数学分野(STEM)での女性のキャリア形成における課題等についての話題提供があった。その後、特別企画として第18回連絡会における提言・要望と、コロナ禍における研究者の活動実態に関する調査報告が行われた。
 午後の基調講演の最初の講演者は東京大学の上野千鶴子氏。「男女共同参画はゴールかツールか?」というタイトルのもと、男女共同参画の実態と課題について話題提供があった。まず2003年に提示された男女共同参画目標の「202030」(2020年までに、指導的地位に女性が占める割合が少なくとも30%程度になるよう期待する)の数値目標を達成できなかったこと、そして雇用の面では女性の就業率は増えてきているものの、その約6割が非正規であり、男女の賃金格差が生まれていることなどが紹介された。女性研究者を取り巻く問題にも触れ、婚姻率が低いことや、女性研究者の生存戦略として、先端的な、男性とかぶらないニッチの、小規模なテーマを突き詰めていくことを実践している方が多いことなどが紹介された。さらに、「女性を増やすこと」がどういう意味を持つのか、という点に関して、ジェンダーと密接にかかわる言語が変わることによって学問が変わるという人文科学系研究者の意見や、性差医学が向上するという生命科学的側面など、具体的なメリットについての言及があった。最後に、男女共同参画を目的達成のためのツールとして考えるならば、「社会的公正」「効率性の向上」「社会変革」がその目的となりうる可能性があることが述べられた。そして、様々な社会問題が存在する中で持続可能性が叫ばれる現代において、安心して弱者になれる社会を創りたい、という内容で締めくくられた。
 2人目のElyzabeth Lyons氏(米国国立科学財団NSF)からは、NSFが実施した、女性がSTEMに参加できるようになるための取り組みについての話題提供があった。早い段階からSTEM分野に興味を持ってもらうための、大学生までの女性向け教育プログラムを長年にわたって実施するとともに、組織のトップの考え方を変えていくためのプログラムを開始したことによって女性の個人向け支援から組織向けの支援へと広がりを見せたことが紹介された。
 3人目の渡辺美代子氏(科学技術振興機構)からは、世界から見た現在の日本の男女共同参画の状況と、さまざまな調査事例・研究事例が紹介された。世界から見て現在の日本は、教育面では高水準であるのに対し、創造的・主体的人材の育成や女性の参画が不足していること、SDGs達成目標の「ジェンダー平等」が「達成に程遠い」とされる3か国に含まれてしまっていることが指摘された。一方で、高水準とされる教育面においても学力到達度の男女差が近年拡大していることも指摘された。男女差や男女混合チームについての興味深いデータも提示され、点数で評価される科学オリンピックでは男子の、口頭発表で評価されるSSHでは女子の受賞率が高いという違いや、男女混合グループの研究論文の評価や特許の経済価値が相対的に高いことが紹介された。さらには、無意識のバイアスの存在を理解することの重要性と、無意識のバイアスにとらわれないための女性限定公募の必要性についても述べられた。
 4人目の栗原和枝氏(東北大学)からはまず、学協会連絡会の歩みについての紹介があった。連絡会立ち上げの経緯や、連絡会が実施した大規模アンケートに基づいて様々な提言が提出されたこと、それらの貢献等によりRPD制度が創設されたことなどが紹介された。次にご自身の研究歴と体験談の紹介があった。最後には若い世代に対して自分で限界を作らずに活躍してほしいとのエールが送られ、世代にあった男女共同参画のための活動をおこなうとともに、社会貢献を考えた研究活動を行ってほしいというメッセージで締めくくられた。
 すべての講演が終わった後には、講演者によるパネルディスカッションが実施され、高校における文理選択の問題点の指摘や、ワークライフバランスについての講演者の意見紹介、男女の壁を越えるための仕組みづくりに対する意見紹介、女性研究者が増加することによる科学技術分野への貢献は何か、といった議論がなされた。オンラインで参加者間の顔が見えないシンポジウムであったが、多岐にわたった話題提供と議論がなされ、盛況のうちに幕を閉じた。
以下、講演を通して考えたことや感じたことを各参加者の言葉で綴り、参加報告とさせていただきたい。

 今回初めてシンポジウムに参加する機会を得たが、視聴した講演の内容は「無意識のバイアス」を強く意識するものであった。無意識のバイアスとは、自分でも気づかないような、ものの見方や捉え方の偏りのことであり、以前の堀江さんや藤原さんの記事( http://ornithology-japan.sblo.jp/article/187566634.html / http://ornithology-japan.sblo.jp/article/182153275.html )でも触れられている。今までの組織は過去の男性社会の中で構築されてきたものが多く、その根底には男性の無意識のバイアスが存在する可能性がある。そうした中で構築されたルールや評価軸には、女性に不利に働いてしまうものもあるかもしれない。いかに公平に判断を下そうとしても、その基準となるルールや評価軸に男性の無意識のバイアスが反映されてしまっていたら、それは公平とは言えないだろう。しかし男性のみで構成されている組織であったら、そのバイアスに気づかないかもしれない。組織運営において適切な男女比率を達成することは、こうした問題を解決し真の男女共同を実現するために必要不可欠である。そして男性は自分では気づきにくいからこそ、過去に男性社会の中で作られた組織内では特に、無意識のバイアスの存在可能性を意識しながら動くことが必要であると感じた(中原)

 中原さんが午後の内容を中心に書いてくださったので、午前中の感想を書きたいと思います。最初の講演の原田氏のお話しは、南極観測の隊長という重責を果たされたご経験のお話だった。南極という極限環境のもと調整型リーダーシップは女性の方が向いているかもしれないというお話があった。一方で、女性リーダーの下で働きたくないという偏見もあるという。昨今のコロナを見ると優秀な女性リーダーが目立つように思うが、どこでも女性リーダーを熱望されているのに、なりたいという人がいない中、勇気をいただいた体験談でした。あと、キリンホールディングスが行っている“なりきりんパパ、ママ制度”はとても面白いと思いました。体験したことがないと子供がいる人の苦労はわからないということで、バーチャルであっても“いきなり子供が熱を出したから帰ってくださいというシチュエーションが発生し、保育所から電話がかかってきて、その体験者はその場で仕事を止めて帰らなくてはならないという体験を通して、パパママの苦労を身ともって知るのだとか。そこまでやるんだと思う一方で、会社全体としてそのようなユニークな取り組みをしているキリンの本気を見た気がします。(山本)

 「彩度対比」あるいは「明度対比」という目の錯覚をご存じだろうか?同じ色でも、鮮やかな、あるいは明るい背景色に重ねた場合はくすんだ暗い色に、彩度の低い暗い背景色に重ねた時は鮮やかな明るい色に見える。今回のシンポジウムのパネルディスカッション中で議論された「女性限定枠の是非」について、科学技術振興機構の渡辺美代子氏は、男性の中に混じると女性は一段、低く評価されるため(無意識のバイアス)、そもそも公募の入り口から男女を分けるべきだ、と主張した。男性ばかりの組織では男性が選ばれやすい(無意識のバイアス)。女性限定公募も、女性割合の目標も、これらのバイアスを効果的に排除するために設けられている。強制力のあるやり方以外で、男女平等を達成できた社会はほとんどない、と渡辺氏は強調した。今回のシンポで一番、みなさんに伝えたいと思った点である。感想としては、「なりきりんパパママ」はとても面白い取り組みだと感じたし、渡部氏には女性研究者のロールモデルとして強い魅力を感じたし、上野千鶴子氏の「男女共同参画はゴールかツールか」という問いかけにはハッとさせられた。心新たに、今後の情報に注視していきたい。(堀江)

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2020年06月12日

遅い思考「システム2」を意識せよ!意思決定にひそむバイアス−男女共同参画シンポジウム参加報告−

大阪市立自然史博物館 堀江明香(企画委員)

 2002年、プリンストン大学の名誉教授ダニエル・カーネマンは心理学者でありながらノーベル経済学賞を受賞した。ダニエル・カーネマンの専門は意思決定論および行動経済学である。彼は、我々が日常的に下している意思決定のしくみを、直感的・感情的な「速い思考(システム1)」と、意識的・論理的な「遅い思考(システム2)」という比喩を使って説明した。大変面白いので、2012年に邦訳された彼の一般向け著書「ファスト&スロー あなたの意思はどのように決まるか?(早川書房)」の一読をお勧めするが、かいつまんで言うと、我々は通常、直感的な「システム1」を自動運転させて意思決定を行っており、違和感や熟慮を要する事態になると「システム2」が論理的思考を開始するらしい。本書に載っている、以下の問題を考えてみてほしい。

 ・バットとボールは合わせて1ドル10セントです。
 ・バットはボールより1ドル高いです。
 ・ではボールはいくらでしょう。

 即座に10セントという答えがひらめくのは「システム1」のおかげだが、もちろんその答えは間違っている。本書に記載された「システム1」の重要な特長は以下のようなものだ。

 *認知が容易なときにそれを真実だと錯覚し、心地よく感じ、警戒を解く
 *信じたことを裏付けようとするバイアスがある
 *感情的な印象ですべてを評価しようとする
 *手元の情報だけを重視し、手元にない情報を無視する
 *難しい質問を簡単な質問に置き換えることがある

 最後の項目は例えば、難しい質問「応募者に賞を与えるべきか」という問いの代わりに、簡単な質問「応募者に好感が持てるか」という問いに答えることで難しい質問の答えとしてしまう、といった置き換えである。

 「システム2」は、この便利だけれど少し困った「システム1」の行動や決定を監視して制御することができる。ただし、その思考にはより多くの労力を要するため、基本的に「システム2」は怠け者らしく、往々にして「システム1」の決定を安易に承認してしまう。少し「システム2」を働かせれば、バットとボール問題の答えが5セントであることはすぐ分かるのだが、我々は往々にして頭に浮かんだ10セントという答えで満足してしまう。特に、認知的に忙しい状況(考えねばならないことが多いような場合)、空腹時、疲れているときには「システム2」を十分に働かせることが難しい。その結果、思い込みや安易な結論への飛びつき等、無意識のバイアスが我々の意思決定に混入する。

 ダニエル・カーネマンの本は、主に企業の経営陣に向けたものだが、大企業のCEOでなくとも、すべての組織は日々、多くの意思決定に追われている。特に、優良な人材確保はどの組織でも最重要課題であり、研究の分野でも、大学や研究機関での採用人事、大きな共同研究の公募、学会では評議員や会長の選定や各種の賞の受賞者決定など、枚挙に暇がない。2018年に私が参加した第16回男女共同参画学協会連絡会シンポジウムのタイトルは「今なお男女共同参画をはばむもの」、テーマセッションでは意思決定にひそむ「Unconscious bias(無意識のバイアス)」について講演が行われた。

 男女共同参画に絡む「無意識のバイアス」については、男女共同参画学協会連絡会のHPで公開されている「無意識のバイアス−Unconscious Bias−を知っていますか?」というリーフレットに詳しい例が出ているし、すでに企画委員(当時)の藤原宏子さんが、このリーフレットの紹介記事を鳥学通信に書いておられるので、詳しい内容は割愛するが、私の印象に残った事例は、「シンポジウムのオーガナイザーが男性だけだった場合、招待講演者は男性に偏る」という事実であった。これは日本の学会での例である。慣れ親しんだものや、自分に似たものに好感を抱くのは人として当然である。しかし、それが雇用や受賞の機会、研究の評価等に偏りを生じさせてしまっては、組織の健全な成長にブレーキをかけることになる。少数派が全体の選択に影響を与えられる人数構成の目安は3割なのだそうだ。評議委員会、教授会、賞や新任採用の選考委員会のみなさま、構成員の女性比率は3割に届いていますか?

 テーマセッションを通して伝えられたメッセージの中で最も重要だと感じたのは、「バイアスは誰もが持っているもので、無意識であるがゆえに取り除くことが困難であり、組織がそのバイアスを排除できるようなルールを作ることが重要である」ということであった。これはいわば、思い込みを取り除き、「システム2」を呼び起こすためのルール作りである。組織のトップに女性を含む企業のほうが、男性ばかりの企業よりもリーマンショックからの立ち直りが早かったという事実もあり、大きな企業ではダイバーシティ戦略を組み込んだ経営ルール作りが当たり前になってきている。一方、大学や学会ではそのような対策が遅れがちであり、取り組みの濃淡は各大学・学会によって大きく異なる。

 2018年の男女共同参画シンポジウムでは、学協会連絡会のロゴマークの発表も行われた。地球の上に立つ男女が手を取り合い、同じ組織で共に交じり合いながら科学の屋根を支えている、という意味を持つマークで、素敵なものだった。大規模アンケートで「自身で研究室を主宰したい」と答える女性研究者は増えてきており、男女問わず、研究者の意識は確実によい方向へ変わってきている。学会にせよ大学・研究機関にせよ、この流れを受け止めるためのルール作りが進むことを切に願っている。最後に、バイアスを排除するためのルール作りに役立つ情報をふたつ紹介する。後者に関してはいずれ書籍紹介の記事を書きたいと思っている。
  • 北東北ダイバーシティ研究環境実現推進委員が作成した、研究者採用ガイド「ダイバーシティの観点からの研究者採用を実施するために」
  • Iris Bohnet 2016. WHAT WORKS: Gender Equality by Design. The Belknap Press of Harvard University Press. (イリス・ボネット(著), 池村千秋(訳). 2018. WORK DESIGN: 行動経済学でジェンダー格差を克服する. NTT出版).

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2020年02月09日

科学・技術分野の次世代育成と環境づくりにおいて男女差をなくすために ―第17回男女共同参画学協会連絡会シンポジウムの内容を読んで―

上沖正欣(日本鳥学会企画委員)

 日本鳥学会は、自然科学系分野の男女共同参画を進めるために2002年に設立された男女共同参画学協会連絡会にオブザーバーとして参加しており、毎年開かれるシンポジウムに出席している。私は今年のシンポジウムに企画委員として出席予定だったが、2019年10月12日にお茶の水女子大学で開催予定だった「第17回男女共同参画学協会連絡会シンポジウム−科学・技術分野の次世代育成と環境づくり」は台風の接近に伴い中止となり、参加予定者への講演要旨集の送付と発表ポスター等の公開のみとなった。そのため、公開された資料についての所感を述べることで今年度の報告に代えたい。
 男女共同参画の実現が21世紀日本社会の最重要課題と位置づけられ、1999年6月に「男女共同参画社会基本法」が公布施行されてから20年以上経過しているが、日本における研究分野における女性研究者比率は15%程度と、30%を超える諸外国と比較して最低水準となっている。特にSTEM分野(Science, Technology, Engineering, Mathematics)と称される科学・技術・工学・数学分野において、学力や業績に男女差はないにもかかわらず女性研究者の比率が低いことが指摘されており、政府や大学、学会は採用方法の見直しや女性向け支援制度の創設、ワークショップ開催など様々な取り組みを進めている。女性比率の向上は、単純に性比が平等になるというだけではなく、女性をはじめとする多様な人材の活躍を推進し、社会構成や意思決定のダイバーシティが創出されるというメリットにもつながる。実際、企業においては、男性ばかりの均質な人材の組織よりも、女性がいる組織のほうがリスク管理能力や業績が向上し、イノベーションが起こりやすいという調査結果がある。
 発表資料を読んでいる中で、九州大学の女性枠採用のデータに目が留まった。年齢層の高い役職である教授は既婚率が高い(86%)反面、子供がいる割合が少ない(14%)が、准教授や助教クラスでは既婚率が50〜70%程で子供がいる割合は50%前後ということだった。若い世代の職場環境やワークライフバランスが改善傾向にあることが指摘されていたが、恐らく社会的抑圧の緩和や女性自身の意識変化も関係しているだろう。その他、いずれの大学・学会の発表結果においても女性比率は年々増加する傾向が見て取れた。こうした流れは素直に喜ばしいし、今後も続いて欲しいと思う。しかし、全体の増加率は年1%前後とごく僅かであり、連絡会が掲げる2020年に女性研究者の比率を30%とする目標には遠く及ばず、更に10年以上かかってしまう計算になる。
 最大のボトルネックとなっていると思われるのが、大学院への女性の進学率の低さだ。科学技術・学術政策研究所がまとめた「科学技術指標2019」によると、学部生の男女比はほぼ半々なのだが、そのうち修士課程に進学する男性が15%なのに対し、女性は7.6%と約半数になっている(その後の博士課程への進学率や職業選択に顕著な男女差はない)。つまり、研究職の女性比率を増やしたいのであれば、学部生のうちから対策を考える必要があるということだ。ただ、男女平等社会が実現されるほど、女性は科学や数学の道を選ばなくなるという「男女平等パラドックス」という問題もあり、科学分野で性比の偏りを解消することはそれほど簡単ではない。
 鳥学会が過去に「科学技術系専門職の男女共同参画実態調査」へ提供した2006〜2010年のデータを見ても、この傾向が見て取れる。つまり、鳥学会学生会員の男女比はほぼ半々であるのに、一般会員における女性会員の割合は1/4程度と明らかに少ないのだ。対象年内で継続して会員になっている割合も、男性会員はほぼ100%であるが、女性会員は65%と4割近くが退会してしまっている。これは2015年の同シンポジウム報告でも、川上和人氏が問題点として挙げている点である。鳥学会としても、退会する際にアンケートを取ったり、将来の人生設計や職業選択をテーマに女性同士の意見交換会などを実施したりするのもよいかもしれない。鳥学会においても、より積極的に女性に働きかけなければ、男女差を縮めることは難しいだろう。
 また、個人的に気になったのは男女の意識差である。連絡会のウェブサイトで閲覧することのできる過去の大規模アンケート結果を見てみると、男女共同参画のために今後必要なこととして、男女共に「男性の意識改革」と回答した割合が一番多くなっており、女性では「育児介護支援策等の拡充」「男性の家事育児への参加の増大」がそれに続く。いずれの項目においても男性の回答割合は約5〜10%低く、特に「男性の家事育児への参加の増大」は男性49%・女性63%で、差が15%と最も大きくなっており、男女間の温度差が感じられる。仕事と子育ての両立に対する苦労や不安が女性側にだけ偏るのは明らかに不公平だが、私自身男性として、そして身近な人の話を聞いていても、職場における男性への期待や家庭における男性の「甘え」があるように感じている。女性の社会進出を促すのであれば、まずは男性の意識改革をおこなって無意識のバイアス等を排除し、職場の育児支援制度を充実させ、男性が積極的に家庭進出するという、男性側の働きかけが何よりも必要であると思う。
 近年、働き方改革や男性の育休取得、ワークライフバランスが頻繁に叫ばれるようになっているが、こうした社会潮流との相乗効果により、研究職に限らず様々な社会において男女差が今後益々改善され、「次世代育成と環境づくり」への大きな推進力となることを期待したい。そして近い将来には、男性だから女性だからと言われない、個々の能力が真っ当に評価される、真の意味で偏見の無いジェンダー平等・公平な社会が実現されればよいと、切に願う。
posted by 日本鳥学会 at 15:47| 委員会連絡

2019年05月07日

津戸基金によるシンポジウム助成の公募(締め切り迫る)

日本鳥学会基金運営委員会


 学会では、2019年8月から2020年3月の間に国内で開催される鳥学に関するシンポジウムを対象に助成を行ないます。
 審査の結果、採択されると、会員津戸英守氏の寄付に基づく津戸基金より最大10万円の助成を受けることができます。
 応募の締め切りは5月31日(必着)です。シンポジウム開催を考えている会員の皆様、どうぞふるってご応募下さい。

 詳しくは、公募情報をご覧下さい。

posted by 日本鳥学会 at 07:23| 委員会連絡

2019年01月06日

津戸基金によるシンポジウムの公募が始まりました

日本鳥学会基金運営委員会

 学会では、2019年8月から2020年3月の間に国内で開催される鳥学に関するシンポジウムを対象に助成を行ないます。
 審査の結果、採択されると、会員津戸英守氏の寄付に基づく津戸基金より最大10万円の助成を受けることができます。ふるってご応募下さい。

 詳しくは、公募情報をご覧下さい。

posted by 日本鳥学会 at 15:23| 委員会連絡

2018年03月23日

2018年度学会賞 応募締め切り迫る!

基金運営委員会

以下の3つの学会賞の応募は、3月30日(金)で締め切られます。
自薦・他薦いずれも可能です。ぜひ、積極的にご応募下さい。

・内田奨学賞:アマチュアの会員を励ます賞。過去3年間に発表した論文から審査。
・黒田賞:優れた業績を挙げ、これからの日本の鳥類学を担う若手・中堅会員に授ける賞。
・中村司奨励賞:2018年度新設。国際誌に優れた論文(1編)を発表した30歳以下の若手会員に授ける賞。

いずれの賞についても、対象者、応募方法等の詳細は、日本鳥学会誌66巻2号の学会記事、あるいは学会Webサイト(http://ornithology.jp/)の「学会賞・助成」に掲載された募集要項をご覧下さい。

posted by 日本鳥学会 at 14:17| 委員会連絡

2018年01月15日

無意識のバイアスーUnconscious Biasーを意識してみませんか

企画委員会(文責:藤原宏子)

 日本鳥学会2017年度大会(筑波大学)の受付近くに、「無意識のバイアスーUnconscious Biasーを知っていますか?」というタイトルのリーフレットが置かれていました。この質問に対する皆さんのお答えはどうでしょうか?この質問へのお答えが「いいえ」だとしても、働き方についての昨今のキーワードである「ダイバーシティ推進」ならば、「はい、知っています」とお答えになる方も多いかもしれません。
企業や大学において、女性をはじめ多様な人々が能力を発揮し共に働くことを推進していこうという動きがみられます。ダイバーシティを推進している組織は活力があり、強いともいわれています。そのダイバーシティ推進において、今、「無意識のバイアス(unconscious bias)」が注目されています。大会の受付近くに置かれていたリーフレットは、男女共同参画学協会連絡会が2017年に作成したもので、連絡会のホームページ上でも見ることができます(http://www.djrenrakukai.org)。
「無意識のバイアス」は鳥の研究に直接は関係しないかもしれません。けれども、長い目でみると、「無意識のバイアス」や「ダイバーシティ推進」に目を向けることは、鳥研究そのものを発展させ、日本鳥学会に有益なことなのだろうと思っています。

無意識のバイアスとは
 「女性は理系より文系が得意だと思う」など、人はそれぞれ何らかの偏見(バイアス)をもっています。このように、誰もが潜在的にもっている偏見を「無意識のバイアス」といいます。無意識のバイアスにはいくつかのカテゴリーがありますが、その一例として、リーフレットには次のような説明があります。

「ある属性(ジェンダー、職業、学歴、人種等)に基づいて人々を集団に分け、各集団の代表的な特徴(例えば、科学に強い・弱い、信用できる・できない等)を想定し、そこに属するメンバーは誰もがその特徴をもつと短絡的に判断してしまうことです。」

「無意識のバイアス」に関する研究
 社会科学や認知科学等の分野では、「無意識のバイアス」に関する実験研究や調査研究が行われてきました。リーフレットでは、このような研究も紹介されています。ここでは、その中の2つだけを簡単にご紹介しましょう。

人種についてのバイアス:雇用主が、同じ内容で写真がない履歴書による書類審査を行い、面接試験を行う人を選ぶ場合、履歴書の名前がアフリカ系アメリカ人の名前(ラキーシャやジャーマル)よりも白人の名前(エミリーやグレッグ)のほうを優先的に選ぶという結果がでています。

母親についてのバイアス: 「Getting a Job: Is There a Motherhood Penalty?」と題する論文があります(S.J. Correll, et al., 2007, Am. J. Sociology, 112, 1297-1338)。能力、学歴、職歴が同じレベルで、子どもの有無だけが違う採用候補者の男女に対する評価を、雇用主(研究協力者)にしてもらったところ、「母親だから」とみなす「無意識のバイアス」の存在が明らかになったのです。子どものいる女性は、男性や子どものいない女性に比べ低く評価され、初任給の額も低く見積もられました。

「無意識のバイアス」と上手く付き合おう
 「アフリカ系アメリカ人は〜〜だ」、「母親は〜〜だ」という「無意識のバイアス」は、雇用主の行動に影響を及ぼすことをご紹介しました。さらに、このバイアスを彼女たちがもつことにより自身の行動を縛ることになる可能性もあります。バイアスを持つこと自体は、人間にとって自然なことでしょう。経験に基づいて獲得された「無意識なバイアス」は、各個人が自分にとって有利な判断を素早く行う際の助けになっていると考えられます。しかし、バイアスのせいで、より良い選択肢を見逃している可能性もあります。実際の能力に見合った評価がされないことで、人材の多様化が進まず、組織やコミュニティにもマイナスとなるでしょう。「〇〇は〜〜だ」で終わらせずに、もっとじっくりと相手や自分自身について細かく情報を吟味することで、より良い判断をすることができると考えられます。 皆さんはどう思いますか?

posted by 日本鳥学会 at 13:31| 委員会連絡