2018年02月15日

世界のどこで生物は減少しているのか?

天野達也(ケンブリッジ大学)

先月、Successful conservation of global waterbird populations depends on effective governance 「世界の水鳥保全の成否は各国のガバナンス有効性に依存する」と題した論文を発表しましたので、その内容と研究の経緯をここで紹介させていただきます。

論文の閲覧はこちらで、また日本語での解説はこちらもご覧ください。

「生物の数がどこでどのように変化しているのか」という問いは、研究を始めた学生の頃から一貫して興味の中心であったように思います。

私の生物保全に関する研究は、北海道の宮島沼でマガンの数を数えることから始まりました。その後研究を進めるにつれて、ヨーロッパではモニタリング調査で得られたデータの解析によって、様々な鳥類について詳細な個体数の変化が明らかにされていることを知りました。

このように生物の減少を明らかにすることは、科学者が生物多様性保全のために提供できる最も基礎的で根本的な知見のひとつと言えます。私も自然とそういった研究を志すようになりましたが、ヨーロッパ、特にイギリスで蓄積されたデータや知見は非常に豊富で、また当時は2010年目標に向けて世界の生物多様性変化に関する論文が盛んに発表されていたこともあり、「世界のどこでどのくらい生物が減少しているか」という問いは、既に解決済みのようにも感じられました。

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宮島沼に渡来するマガン

そのような認識を改めるようになったのは、世界の脊椎動物の個体数変化を示す指標であるLiving Planet Index(LPI)について、あるひとつの図(こちらのFig 5)を見たのがきっかけでした。この世界的な取組みでも、使われているデータは欧米のものに大きく偏っていて、他の多くの地域では未だ生物の数の変化は明らかにされていないということを、この時に強く実感しました。

そこでまず、日本の鳥類モニタリング調査から得られているデータを使って、鳥類の分布や数の変化を明らかにする研究を始めました。そしてこれらの研究を進めていく過程で、鳥類の中でも特に水鳥についてはInternational Waterbird Census(IWC)という枠組みのもと、世界規模で個体数の調査が長年継続されていることを知ったのです。とは言え、自分がこのデータに取り組むようになるとは、当時すぐには想像できなかったのですが、ちょうどこの頃イギリスで一年の在外研究を行っていたことで、共同研究者との議論や周囲からの刺激もあり、これまで自分が行ったことのない大きなことに取り組んでみたいという意欲も高まっていました。そうして、このIWCデータの解析に取組むプロジェクトを計画したのが2010年です。

Wetlands International(WI)が行っているIWCは、1967年にヨーロッパで始まり、今では世界180か国、5万地点にも及ぶ調査地で、毎年1月に水鳥の個体数をカウントする、まさしく「世界規模」の調査です。アジア、中東、南米など、先述したLPIでも十分にカバーされていない地域に多くの調査地が存在するのは驚異的で、このデータを用いれば「世界のどこでどのくらい生物が減少しているか」という、長年抱えていたシンプルな疑問への答えに、少しでも近づけるのでは、と直感したことをよく覚えています。

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IWCによる調査地(黄色:African-Eurasian Waterbird Census, ピンク:Asian Waterbird Census, 黄緑:Neotropical Waterbird Census, カリブ諸島で行われているCaribbean Waterbird Censusはここでは図示されていない)とChristmas Bird Countによる北米の調査地(水色)

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サウジアラビア(左)とオマーン(右)での水鳥調査の例(写真:Szabolcs Nagy)

共同研究者の紹介で、同年に行われたワークショップでWIとの共同研究の話を進め、翌2011年には同プロジェクトをテーマに掲げたJSPS海外特別研究員制度で本格的に渡英…と、ここまではとんとん拍子でした。しかしその後、何年にも渡って幾多の壁にプロジェクトの進行が阻まれることになります。

まず苦労したのは、世界中のデータを自分の手元に集めることでした。IWCはWIによって管理されてはいるものの、人員・資金不足などのため全てのデータが本部に集約化された形にはなっていませんでした。IWCを各地域で構成しているAsian Waterbird Census(アジア)、Neotropical Waterbird Census(南米)、Caribbean Waterbird Census(カリブ諸島)それぞれの担当者とデータ利用を交渉し、必要に応じて各国の責任者にも許可を取ってもらうというプロセスには膨大な時間がかかりました。さらにIWCではカバーされていない北米で利用できるデータを調べ、毎年IWCと同時期に行われているChristmas Bird Countのデータを用いるために、全米オーデュボン協会と共同研究を確立しました。

次に直面した壁は、手に入れたデータの質を管理する作業です。世界各国で集められた500以上もの種のデータを、一種ずつ既知の分布情報と照らし合わして明らかなエラーを排除し、また、国や団体によって異なる種名表記や亜種の扱いを統一していくといった過程は、地道で且つ時間のかかる作業でした。世界で絶滅に最も近いとされているある種が、とある国で数百羽も記録されていたのを見たときには、絶望的な気持ちになったものです…。

またそうして集めて生データには、年によって調査が行われていなかったり大きな測定誤差が含まれていたりという、長期モニタリングデータが抱える典型的な問題が含まれていました。そのため生データを眺めているだけではなかなか個体数の変化を捉えることはできません。

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マガモの生データの例。円のサイズは観察された個体数を表す。

これらの問題を考慮するために適切なモデリングが必須でしたが、このモデル計算を行う過程も非常に時間のかかるものでした。この時ばかりは世界中膨大な数の調査地で収集されている水鳥データの存在に感謝しながらも、同時に若干恨めしくも思いました。何せ最もデータ数の多いマガモ一種だけでも、世界1万以上の調査地で12万件以上ものデータが集められているのです。マガモ一種のモデル計算を終えるのには2週間近くかかり、全体の計算時間は数か月以上にも及びました。しかしこういった作業の結果、ついに461種について、世界のどこで、どのくらい数が減っているのか、また増えているのか、明らかにすることができたのです。

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マガモの例。その他の種はこちらで公開しています:https://doi.org/10.6084/m9.figshare.5669827.v1

この時、プロジェクトの着想から既に5年近くが経過していました。2015年、当時のオフィスで初めて全461種の個体数変化の地図を重ね合わせ、水鳥全体での変化を表す地図を作製した日のことは、今でも鮮明に覚えています。渡り鳥の減少がよく知られているオセアニアや、生物多様性全般のホットスポットである熱帯地域で水鳥の減少が著しいと考えていたものの、予想に反して最も深刻な減少が見られたのは、イランを中心とした西・中央アジアでした。

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解析に用いた全461種の平均個体数変化

次の自然なステップとして、明らかになった水鳥の増減を何が説明するのか探索しました。国間での生物多様性損失の違いを説明する要因としては、経済発展のレベル保全に費やした予算などが挙げられていますが、サハラ以南アフリカよりも西・中央アジアで減少が著しいなど、経済レベルのみでこのパターンが説明できないことは明らかです。一方、同時期に関わった学生のプロジェクトで、各国のガバナンス(法律の施行などを通してどれだけ効果的に各国が支配されているか)が生物多様性保全に関わる様々なパターンを説明することが明らかになってきていました。そこで、湿地環境の変化、農地の拡大、気候変動などの人為的な脅威、保護区の存在やガバナンスの程度といった保全の効果に関わる要因、そして渡りの有無や分布域の広さ、体重など各種の特性、という3種類に区分される要因の影響を検証することにしたのです。

解析の結果、ガバナンスの重要性は明らかでした。水鳥群集全体で見た場合、最も減少が著しかったのは経済レベルが低い国ではなく、ガバナンスの有効性が低い国でした。また種間の傾向を見ると、保護区によって保全されている種ほど増加していましたが、この傾向はガバナンスが効果的な国(ヨーロッパ諸国など)のみで見られたのです。一方、ガバナンスの有効性が低い国では、保護区による保全は水鳥の増加にはつながっていませんでした。これらの結果は、ガバナンスという社会政治的な要因が、今や世界全体の生物多様性変化のパターンを作り出すほどに大きな影響力を持っていること、そして、保護区が本来の目的を果たすためには、ただ設置されるだけではなく適切に管理される必要がある、ということを示しています。

これらの結果を様々な人と議論した結果、特にイランを中心とした西・中央アジアでの水鳥に関する情報を、多く手に入れることができました。この地域では歴史的に水鳥の資源利用が行われてきましたが、近年伝統的な猟法に大規模な狩猟がとってかわり、局所的な推定でも毎年数十万羽の狩猟圧が、保護区の内外や種の保全状態を問わずあることが報告されています。

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イラン、Fereydunkenarにおける大規模なかすみ網猟 (写真:Petri Lampila)

また過度の水資源利用による湿地環境の消失も知られており(保護区に設定されているイランのLake Urmia のうち、京都府全域に相当する面積が干上がった例)、保護区が設置されていてもこれら複数の直接的な脅威が水鳥の著しい減少につながっていることが推定されます。

ガバナンスが世界的な水鳥の個体数変化を説明するというのは私自身にとっても意外な結果で、当初はなかなか確信を持てないでいました。しかし、上述したような結果をサポートする情報や、2003年にアフリカでの生物多様性とガバナンスの関係を発表し、同じ研究室に所属しているBalmford教授からも心強い意見をもらい、自信をもって論文を書き上げることができました。

その後、完成した論文の投稿直前に共同研究者からデータに含まれたエラーを知らされ打ちひしがれたものの、何とか気持ちを奮い立たせ、さらに再解析に数か月を費やしたのが一年前の年末年始。半年ほどの査読・改訂の期間を経て、ついに着想から7年が経過した昨年末、この論文を発表するに至りました。

この論文は幸運にもNature誌で発表することができました。10年前には自分の論文がNature誌に掲載されるとは考えもしていなかったので、純粋に嬉しく思っています。一方で同じ10年の間に、これら著名な雑誌で発表される論文は、世の中に存在する多くの重要論文の中で氷山の一角のような存在であることも実感してきました。数多くの論文の中から「海上に露出」するためには、運のような自分では制御できない要因も一定の役割を果たすでしょう。また、「海面下」(もちろん論文は世に出ている時点で全て「海上」なのですが)には、同様に重要で新規性の高い論文も数多く存在しています。自分の周囲の人たちがこういった雑誌に論文を投稿している過程を見て、また自分でも何度かその過程を実際に経験することで、海面というただ一つの境界線がその後の見栄えを左右する問題、またそういった論文に付随する著者の様々な思いも、身をもって実感してきました。共同研究者のSutherland教授からは、以前から「(これらの雑誌も)所詮話題性が欲しい雑誌の一つに過ぎないから」と言われていたのですが、今後少しでもそういった境地に達し、氷山全体を見渡す目をもって研究を続けていきたいと思っています。

無論、今回の論文の発表がこの研究の終わりではありません。IWCデータの利点を活かした研究は、共同研究者も含めて今後も推進していくつもりです。また幸いなことに、共同研究を行ったWIはラムサール条約などの関連会議や、各国の調査コーディネーターとも強いコネクションを持っています。この研究の成果を土台とした各地での保全活動の普及や政策への提案、また更なるモニタリング体制の確立など、次の動きは既に始まっています。先述したイランのLake Urmiaでは、日本政府からのサポートも含めた国際的な保全活動の結果、近年その水位レベルは回復傾向にあります。この事例は、暗鬱とした話題が多い環境ニュースのなかで、国際的な保全活動が成功している好例として、もっと注目を集めるべきでしょう。今後、環境変化の影響だけでなく、こういった保全活動の効果を評価する際にも、全世界の水鳥モニタリング調査は重要な役割を果たしていくはずです。

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トルクメニスタンの研究者と本研究の結果について議論するSzabolcs Nagy氏。

2010年にWIのワークショップに参加して、ヨーロッパにおける生物多様性変化を評価する取り組みに改めて感銘を受け、「次の10年で、日本を初めとしたアジアでもこういった取組みを進めていくために少しでも貢献していければ」と感じました。その成果を出すのにこの10年の大半を費やしてしまいましたが、今回の成果を弾みとして、8年前に立てた目標をさらにつき進めていきたいと思います。

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天野さんの論文がNatureに掲載され、その苦労話を書いてくださいとお願いしたところ、引き受けてくださいました

広報委員会(三上修)

CNS(Cell, Nature, Science)など世界のトップジャーナルに論文が掲載されることは、研究者としてはやはり目指してみたい目標です。Cellは、分子レベルあるいは細胞レベルに関する研究を掲載する雑誌なので、鳥の分野(少なくとも野外鳥類を対象とするような分野)はお門違いといえるかもしれません。しかし、NatureとScienceであれば、可能性はあります。

この1月に、そのNatureに、鳥学会員である天野さんの論文が掲載されました。天野さんは東大で学位を取得後、農環研を経て、イギリスのケンブリッジ大学に海外学振の特別研究員として着任、今も同大学で研究を続けています。

天野さんは昨年も海外での研究事情の記事を掲載してくださっています。

鳥学会に属する人の中では、天野さんは珍しくマクロな視点で研究をしています。ひとまずわかりやすいので、「マクロな視点」と表現はしましたが、天野さんの実態を表すにはあまり適当ではありません。「マクロな視点」というと、マクロレベルで観察されるパターンに着目しているような印象を受けてしまいますが、天野さんの視点は、個体レベルから生態系レベルまでを貫き、そして、そこに時間の変化と空間スケールも加えて、たぶん、本来の形に近い生態系を把握しようとしている感じがします。我々は、観察や理解しやすいので、ついつい個体レベルの現象とか、空間を区切ってものを考えがちです。それはそれで意義深いと思うのですが、天野さんのような視点をもった方がいることで、我々の研究もまた違う価値を持ってくるような気がします。

さらにもう1つ天野さんの研究視点として特別なのは、保全という人間の行為を科学的に見ていることだと思います。それは一見、科学哲学者の領分のような気もします。ですが、一昔前に、科学哲学者がやっていたことは、あたかも「窓越しから、何を言っているかわからない夫婦喧嘩を見て、論評していた」ようなものでした。それはそれで、面白い論評だったかもしれませんが、あまり何も生み出さなかったような気がします。対して、天野さんは、夫婦喧嘩を仲裁することを目的として、冷徹でありながらも、妥協策や落としどころを見つけるために科学的な視点で観察をしている気がします(保全活動と夫婦喧嘩を同列に扱っては大変失礼だと思いますが、意図はなんとなくわかってもらえそうなので許してください)。

今回の論文は、その天野さんの持つ2つの視点が組み合わさってできた論文のような気がします。この論文では、それぞれの国におけるガバナンスの強さ(法律の施行などが実効的にいきわたる度合)が、生物多様性の保全の有効性に強く影響していることを議論しています。生物多様性の空間的時間的変化をデータから解析しつつ、それをもたらしている人間活動を分析しているわけです。おそらく天野さんにしかできない研究です。

そこに至るまでの苦労や裏話を鳥学通信に書いてもらうよう依頼したところ、快く引き受けてくださいました。記事はこちらです。

天野さんの裏話を読んでみていただければわかりますが、掲載に対する強い意志を感じます。もちろん、研究者としての気概のようなものもありますが、義務感あるいは正義感のようなものもそれを後押ししているような気がします。

海外で研究をしようと考えている若手(だけでなくてかまいませんが)の研究者、トップジャーナルを目指そうとしている研究者、保全にかかわっている研究者の方には、特に興味深い内容ではないかと思います。そして、そうではなくて、もっと局所的な場所で、特定の種について研究をしている人たちにとっても、自分たちの研究をいつもと違った視点で見てみるきっかけになるのではないかと思います。
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2017年06月15日

違いを作り出す科学

2017年6月14日
ケンブリッジ大学動物学部
天野達也


「明日、リュックサックを持って海外へ行け」

とは、サッカー選手の本田圭佑氏がテレビ出演した際に、Jリーガーに向けて言ったとされる言葉です。私は直接見てはいないのですが、インターネットによると、「日本にいると分からないことがあるから」という理由がその後に続けられています。

研究者とサッカー選手のようなプロスポーツ選手には、いくつか共通項があるように思います。どちらも自分の能力に頼ってその道を追求していく点、日本でも海外でも活躍する場がある点などです。それではこの「明日、リュックサックを持って海外へ行け」というメッセージは、研究者にもそのまま当てはまるメッセージなのでしょうか?もしそうであればどういった理由があるのでしょうか?

実はこの問いは、私自身も時々日本で意見を求められる内容でもあります。
「やっぱり海外での研究経験は積んだ方がいいでしょうか?」
「海外に行ってどんなことがよかったですか」
等々、聞きたくなる気持ちは私にもよく分かります。誰しも海外での研究経験に何かプラスがありそうだとは思うでしょう。ただ同時に多くの人にとって、直感だけではなかなか海外に行くという決心はつかないかもしれません(直感で決断できる人は明日海外に行ってください)。特殊な言語を話すほぼ単一民族の島国で生まれ育った日本人にとって、海外へ出ていくというのは必然的に大きな挑戦となります。海外に行くとどんないいことがあるのか、それが少しでも分かれば、そんな挑戦をするための後押しになるかもしれません。

とは言うものの、正直なところ私は「海外での研究は以下の**個の利点があるから今すぐに行くべき!」といったような文章を書くことにはかなりためらいがあります。というのも確かに私は現在イギリスという「海外」で生活して研究をしていますが、私の経験はとても限られたものだからです。海外でどんな経験をしてどんな研究ができるかは、地域、国、都市、そして所属機関によって大きく異なるでしょうし、感じることや考えも時が経つにつれて変わっていくでしょう。そんな中で自分の経験と私見を一般化する勇気は私には到底ありません。

しかしながら、まぁそんな固いことは考えずに今自分が考えていることを文章にするのも何かの足しになるかなという気持ちが半分と、鳥学会の広報委員としてほとんど仕事ができていないという個人的な罪滅ぼし半分で、こちらに来て得ることができたと思うものについて、最近感じていることを書きたいと思います。できれば他に海外での研究経験がある方や、または全く経験がない方からもご意見を聞いてみたいとも思います。


イギリスに住むようになってから頻繁に聞くようになったものの、それまではあまり聞きなれなかった英語のフレーズというものが多々あります。そのひとつが

“make a difference”

というフレーズです。直訳すれば、「違いを作り出す」、より正確には、「人や物事に重大な影響を及ぼす」「既存のものを変化させる」「影響を及ぼして改善する」といった意味合いが全て含まれるような、便利なフレーズでもあります。日本語でも、例えば特別な才能をもったサッカー選手のことを、「違いを作ることができる」などと表現することがありますが、この英語フレーズの影響なのではないかと思っています。

私は今、ケンブリッジ大学にあるDavid Attenborough Buildingという生物多様性保全に関わる人々が多数集まっている研究拠点に所属して、保全科学を専門とした研究を行っていますが、この建物の中でもこの“make a difference”というフレーズは頻繁に利用されています。そしてこの短いフレーズに、ここに来てから学んだ大きなことが凝縮されているのではないかと感じているのです。

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David Attenborough Building

少し前の話になりますが、昨年末に“Languages are still a major barrier to global science”という論文を発表しました。この論文のメッセージは、言語が科学、特に生物多様性保全のような環境科学の発展や活用に対して、二つの側面で「障壁」になっているということです。

言うまでもなく英語は今や科学者にとって世界の「共通語」ですが、実際には世界中で英語以外の言語で書かれた学術文献も毎年数多く出版されています。これら「非英語」の学術文献はその言語を理解する人々以外にとって、つまり国際的には、言語の障壁によって「目に見えない」科学的知見として埋もれていることになります。一方で、英語を母語としない人々が科学的知見を(例えば自身が住む地域で行われる保全活動のために)利用したいと考えても、世界の多くの重要な知見が英語で発表されている現状では、やはり言語の障壁がその利用を妨げていると言えるでしょう。この論文には日本語の要旨も付録されていますので、興味を持たれた方はこちらをご一読いただければと思います。

これらの問題は、日本人であれば誰でも当然のように知っている事実だと思います。日本語で発表されている多くの有用な論文は、国際的には陽の当たる機会がなかなかありません。また多くの日本人にとって、英語の文献を読むことは日本語を読むように容易ではありません。こういった問題はもちろん私自身、海外に渡航する前から常々感じていることでありました。しかし、この問題について今回こうやって論文として発表することができたのは、海外に拠点を移したからこそだと思うのです。

そう考える理由のひとつは、単純にこの論文を書くにあたって必要だった情報へのアクセスという側面からです。

この論文では、学術論文の発表数が多い16の言語について、生物多様性保全に関わる論文の出版数と関連した雑誌を調べているのですが、当然のことながらその過程で各言語を母語とする研究者の協力を得ることが不可欠でした。スペイン語やポルトガル語、中国語のみならず、トルコ語やペルシャ語からポーランド語まで、果たして全ての言語の話者がそう簡単に見つかるのだろうかと思っていたのですが、自分でも驚いたことにその多くはこれまで6年間ケンブリッジに滞在していた間に出会った知り合いの中から簡単に見つけることができたのです。ポルトガルやメキシコ、コロンビアから来ていた学生、解析の相談にのったドイツ人の学生、トルコから来たポスドク、オランダ人やポーランド人の訪問研究員、学会で知り合ったイランからの学生、中国の共同研究者等々、公私にわたってこれまで関係を築いてきた彼ら彼女らは、連絡を取ると私からの要望に快く協力してくれました。出不精の私がこれだけ多くの人とつながってこられた理由は、世界中から様々な人が訪れては去っていく、ケンブリッジという大きな研究拠点に滞在しているからに他ありません。

そしてもうひとつ、より重要だと思うのは、自分自身の中にある科学に対する態度の変化(手前味噌ながら成長、といってもいいかもしれません)でした。

こちらに来るまで、私は生物多様性保全に対して科学者が果たすことのできる役割をかなり懐疑的に、むしろ諦めにも近いような気持ちで、見ていたように思います。保全生物学者としていろいろな研究はできる。しかしその研究が対象とした種や生態系の状態を改善していくために本当に貢献できるかと言うと、正直言ってそれはまた別の問題、と割り切っていました。

ケンブリッジに来てから、文字通り浴びるように多くの研究者の言葉を聞き、また直接言葉を交わすようになってから、その考えは徐々に変わっていきました。ここには本当に多くの研究者が世界中からやってきます。学生やポスドク、研究室主宰者として所属するために、セミナーで話をするためやサバティカル期間中に、また様々な形の訪問研究員として、国内外の研究者がひっきりなしにやってきます。いわゆる「優秀な」研究者、多くの論文を著名な雑誌に発表しているような研究者にも数多く会ってきました。しかし、その中で話を聞いて、話をして本当に心を動かされるのは、“make a difference”というフレーズを本当に体現している人、より具体的に言うならば、保全科学の分野では「世界」(この場合、地球全体という意味の世界だけに限らず、対象とする系とか社会といった意味ですが)をよくするために本当に変えようとしている人だと気付くようになりました、

例えば渡英後ずっと研究室に受け入れてくれているSutherland教授は、議論の端々で、「solution(解決策)は何だろうか?」と聞いてきます。生物多様性保全に対して科学的な貢献を目指すためには、問題を提起するだけではなく、具体的な解決策まで提示して、実際に世界をよりよくしていかなければならない、そういった姿勢を常に感じます。彼は以前、ある学会のために寸劇を作ったことがあるそうです。それは「舞台上である人が突然倒れ、多くの医者が駆けつけるが、皆で倒れた人がどれだけ長生きすべきだったのかを研究する方法を議論するばかりで、誰もその人を蘇生させようとしない。」というもので、彼なりに今の保全に関わる科学の問題点を指摘しているものでした。そんな周囲の研究者の姿勢に感化され、私ももっと真正面から世界の現状をよりよくしていくための科学を追求していっていいのだと気付かされました。

そうやって考えた時に、生物多様性保全のための科学は、生物を見ているだけの保全生物学だけでは必ずしも「世界に違いを」もたらすことができず、良くも悪くも今や地球環境の命運を握っている人類自身の動態や行動、意思決定も見ていかなければならない、そこまでを含めて「保全科学」と呼ばれているのだということを、身をもって理解することができました。

同時に、目も眩むような能力や実績を備えた研究者があふれている中で、どうすれば自分も保全科学の世界で、そして実際の生物多様性保全に対して貢献ができるのだろうかと、必死に考えるようになりました。その結果たどり着いたのが、保全科学における「情報のギャップ」という問題でした(詳しくはこちらの論文を参照)。

このように自分の研究に対する姿勢が大きく変化して、その姿勢や問題意識を初めてひとつの形とすることができたのが、今回の論文でした。そういった意味でもこの論文は自分にとっても特別な論文で、これを機会に今後も自分ひとりの力は微力ながら、常に“make a difference”を目指した研究を志していきたいと思います。

もちろん「違いを作り出す科学」が海外でないとできないと言いたいわけではありません。ただ私にとってはこのように自分の研究に対する考えが変わったことが、そして端的に言えばこの論文を書けたことが、今感じる海外に来たことの大きな利点のひとつだったと思うのです。他にも「明日、リュックサックを持って海外へ行け」に私が同意する理由はいくつかあるのですが、それについてはまた機会があればということで、この文章はここまでとしたいと思います。
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2017年05月14日

愛のことばはステップで −青い小鳥のタップダンス−

2017年5月8日
北海道大学大学院理学研究院生物科学部門
理学研究院研究員 太田菜央

鳥にとって,音は非常に重要なコミュニケーション信号の1つです.ある時は美しい歌(さえずり)によって異性を惹きつけ,ある時は警戒声を出すことで捕食者から身を守ります.これらは私たちのおしゃべりと同様,「発声」によっておこなわれるコミュニケーションです.しかし一部の鳥類では,ヒトが手を叩いたり楽器を演奏するように,発声以外のユニークな方法で音を発し,コミュニケーションをおこなっていることが知られています.

私は北海道大学で博士後期課程在学中から現在まで,相馬雅代准教授の研究室にてルリガシラセイキチョウ(英名Blue-capped cordon-bleu,学名Uraeginthus cyanocephalus)と呼ばれる小鳥の求愛行動に関する研究をおこなってきました.その中で,ルリガシラセイキチョウがまるでヒトのタップダンスのような動きで足から音を出し,異性にアピールしていることを発見しました [1, 2].

その動画は以下のリンクからご覧ください(リンク:ルリガシラセイキチョウの求愛行動,national geographicより).はじめにオスの動画が出て,後半にメスの動画が流れます.

ルリガシラセイキチョウは漢字で「瑠璃頭青輝鳥」と書きます(以下,簡略化のため「セイキチョウ」と呼ぶことにします).その名の通り,コバルトブルーのような鮮やかな青色が特徴の小鳥です.オスの頭が特に青く(=瑠璃頭),メスの羽装はオスに比べると全体的に少し地味です.野生ではアフリカに生息する,体重10グラム前後の非常に小さな鳥です.セイキチョウは求愛行動として,オスとメスの両性が巣材(羽根や植物の繊維など)をくわえ,ジャンプを繰り返しながらその間に何度か歌をうたいます.
セイキチョウの求愛行動を観察する過程で,ジャンプの着地時にパチンと大きな音を出していることに気づきました(図1a, b).小鳥がただ小さくジャンプしているだけにしか見えないのに,このような大きな音が出るのはとても不思議で,何か人の目には捉えることのできない動きが隠されているのではないか,と考えるようになりました.そこで求愛時の微細な動きを捉えるため,通常のカメラに加えてハイスピードカメラを用いて撮影を行いました.私たちが使用したハイスピードカメラは,通常のカメラ(1秒30コマ)の10倍のコマ数(1秒300コマ)で動きを捉えることができます.
撮影の結果は,先のビデオでもご紹介した通りです.人の目では一度ジャンプしただけのように見える動きの中に,足をバタバタと何度も止まり木に叩きつけ,ステップを踏むような高速運動が含まれていることが明らかになりました(図1c).この運動が,ジャンプ着地時の大きな音の産出につながっていました [2].


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図1 (a) 求愛時のソナグラム(声紋).歌っているとき以外にも,ジャンプ時に音がでているのがわかる.(b) ジャンプ着地時のソナグラム拡大図.(c) 1一回のジャンプ中の足の動き.

セイキチョウの求愛行動の不思議
セイキチョウの求愛行動は,その見た目自体がただ面白いだけでなく,コミュニケーション行動を研究する上でも興味深い点がいくつもあります.

第一に,オスとメスの両性がこの求愛行動をおこなうことです.そもそも派手で複雑な求愛行動は,産卵や子育ての負担が大きいメスがオスを選り好みすることで,オスの特徴として進化したと考えられてきました.例えばキガタヒメマイコドリのオスは,羽根をこすりあわせることで音を発します[3](リンク(Cornell Lab of Ornithologyより)).彼らは求愛の歌をうたわず,メスのみが子育てをおこなうことから,歌の代わりにメスを惹きつける手段としてこのような複雑な行動を獲得したと考えられています.
一方セイキチョウは社会的一夫一妻制で,両親で子育てをします.雌雄が求愛行動をおこなうことと,複雑な歌がうたえるという点においてもキガタヒメマイコドリとは対照的です.セイキチョウのダンスについて個体毎に比較してみると,個体によって1ジャンプあたりに踏めるタップ回数にはばらつきが見られました(図2).しかし顕著な性差は見られず,オスもメスも同じくらい複雑な求愛行動をおこなっていることが分かりました(図2).

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図2 ステップ回数の個体間変動

またもう1つの独特な点として,歌に付随する行動(巣材をくわえてタップダンスをすること)がコミュニケーションに重要な役割を担っている,ということが挙げられます.例えば相手が近くでダンスを見ているときにより多くのステップを踏み,歌っているときはそうでないときに比べてステップ回数を減らすなど,状況に応じた行動調節が見られることがわかりました (図3).これらの行動の機能に関しては今後詳しく検討する必要がありますが,自身の状況や相手の様子に合わせてダンスを調節することは,より効率的かつ円滑なコミュニケーションに寄与しているようです.

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図3 1 (a) ダンスをする個体が歌っているかどうかと(b) パートナーが同じ止まり木にいたかどうかによるジャンプあたりのステップ回数の変化.線でひいた部分が個体内変動を示す.黒丸がオスで白丸がメス.

鳥類のコミュニケーションはまだまだ謎だらけ
セイキチョウが属する鳴禽類カエデチョウ科の鳥類では,オスの求愛歌について多くの研究がなされている一方,歌と同時におこなわれる行動に関する研究は少ないです.しかし近年では,キンカチョウやコトドリの求愛ダンスが歌の決まった部分に振り付けられていることが報告されており[4,5],視覚と聴覚の両方を介したコミュニケーションの重要性に注目が集まりつつあります.セイキチョウがなぜ歌に加えて巣材やタップダンスによる求愛をおこなうのか(しかも雌雄で)を調べることで,視聴覚コミュニケーションの機能と進化を理解する一助となると考えています.
また,ルリガシラセイキチョウ以外のカエデチョウ科鳥類でも,歌以外のユニークな求愛をおこなうことが知られています.ルリガシラセイキチョウの近縁種(red-cheeked cordon-bleu)も雌雄でタップダンスをおこないますし(図4,[1]),文鳥では雌雄がくちばしをこすることでパチパチと音を出すことが報告されています (図4,[6]).鳥たちのコミュニケーションには,私たちが気付けていない面白い側面がまだたくさん隠されているのかもしれません.もしかするとあなたの家の小鳥や近所の野鳥達も,思いもよらない方法で愛をささやきあっているかも?

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図4 (a)ルリガシラセイキチョウとよく似たタップダンスをおこなうred-cheeked cordon-bleu.ダンスをしている頰の赤い個体(左)がオス.(b) 仲良く並んだ文鳥の写真.

参考文献
[1] Ota, N., Gahr, M., & Soma, M. (2015). Tap dancing birds: the multimodal mutual courtship display of males and females in a socially monogamous songbird. Scientific reports, 5, 16614.
[2] Ota, N., Gahr, M., & Soma, M. (2017). Songbird tap dancing produces non-vocal sounds. Bioacoustics, 26(2), 161-168.
[3] Bostwick, K. S., & Prum, R. O. (2005). Courting bird sings with stridulating wing feathers. Science, 309(5735), 736-736.
[4] Dalziell, A. H., Peters, R. A., Cockburn, A., Dorland, A. D., Maisey, A. C., & Magrath, R. D. (2013). Dance choreography is coordinated with song repertoire in a complex avian display. Current Biology, 23(12), 1132-1135.
[5] Ullrich, R., Norton, P., & Scharff, C. (2016). Waltzing Taeniopygia: integration of courtship song and dance in the domesticated Australian zebra finch. Animal Behaviour, 112, 285-300.
[6] Soma, M., & Mori, C. (2015). The songbird as a percussionist: syntactic rules for non-vocal sound and song production in java sparrows. Plos one, 10(5), e0124876.
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2016年10月06日

喧嘩のあとにはフォローが大事 〜セキセイインコのなかなおり〜

2016年10月4日
京都大学 物質―統合システム拠点(iCeMS)
科学コミュニケーショングループ
特定研究員 一方井祐子


突然ですが、友人と喧嘩してしまったらどうしますか?ごめんなさいと頭を下げたり、握手をしたり。ハグをしたりする人もいるかもしれません。では、喧嘩に負けてしょんぼりしている友人を見かけたら?肩をたたいて「元気出せ!」といったり、黙ってご飯に誘う人もいたりするかもしれません。

前者の行動は「なかなおり」、後者の行動は「なぐさめ」と呼ばれる行動です。私たちの研究 [1] によって、じつはセキセイインコもこれらの行動をするらしいということが分かってきました。

セキセイインコはおもしろい
私はセキセイインコ(図1)の視聴覚コミュニケーションを研究してきました。ペットとして広く知られているセキセイインコですが、ヒトによく似ているところがたくさんあることはご存じでしょうか。一夫一妻を長く続けるところ。オスとメスの両方が子育てに関わるところ。鳥類にはめずらしく、オスよりもメスの方が攻撃的(!)というところも面白いところです。

bird_blog_fig1.JPG
図1 セキセイインコ

セキセイインコ同士であくびが伝染すること [2]、セキセイインコの発声パターン(=コンタクトコール)が群れやつがいで似てくること(e.g. [3][4])も報告されています。これらの行動もヒトとよく似ています。

セキセイインコの喧嘩とは?
今回、私たちが注目したのはセキセイインコの「喧嘩」と「喧嘩のあとに起こること」です。当時、私が所属していた研究室ではセキセイインコの集団飼育をしていました。セキセイインコは多くの時間をつがい相手の近くで過ごします。一方で、なぜだかよく喧嘩もしていました。

嘴を大きく開いて相手を威嚇したり、大きな声をあげながら相手を嘴でつついたり。つがい相手と喧嘩したり、つがい相手以外と喧嘩したりと、喧嘩の程度や相手はさまざまでした。

喧嘩のあとの行動
ある日、喧嘩のあとでセキセイインコがつがい相手のところへすぐにとんでいくことに気がつきました。喧嘩のあとではつがい相手とどんな行動をしているのだろう。もしかしてなかなおりやなぐさめといった行動が見られるかもしれない。

そこで、セキセイインコの様子をしばらく録画して観察してみることに。録画した映像を見ながら「いつ」「どの個体が」「どの個体に対して」「どのような行動をしていたか」を時系列に沿って書き出してみることにしました。

時系列に書き出してみただけでは何が起こっているのかはまだ分かりません。「喧嘩のあとになかなおりやなぐさめがおこるのか」ということを調べるには、書き起こしたデータの集計や統計を通して仮説を検証する作業が必要です。

ところで、なかなおりやなぐさめで見られるやりとりを親和(しんわ)交渉と言います。ヒトなら握手やハグなど、トリなら羽づくろいや、嘴を近づけるというやりとりが親和交渉です。

喧嘩のあとでは親和交渉が起こりやすい。つまり、喧嘩のあとでは親和交渉が起こるまでの時間が短くなるとの予測をもとに、実際のデータをつかって喧嘩から親和交渉までの時間を測定していきました。そして、シミュレーションによって(喧嘩が起きていない)平常時と比較しました。

その結果、喧嘩のあとでは親和交渉がおこるまでの時間が短くなっていたことが分かりました(図2)。

bird_blog_fig2.jpg

具体的に言えば、

(1)つがい相手と喧嘩するとそのあとつがい相手となかなおりをする

(2)つがい相手以外と喧嘩するとそのあとつがい相手と親和交渉をする

ことが分かりました(ちなみに(2)の一部のやりとりがなぐさめに該当します)。

ただし、すべてのつがいがこのような行動をしたわけではありませんでした。その理由はまだよく分かっていませんが、もしかしたらつがいの「絆」の違いによって、喧嘩のあとのフォローの仕方も違ってくるのかも?

カラスでの報告
調べてみると、カラス科のトリでも同じような報告があることが分かりました。ミヤマガラスは、つがい相手以外と喧嘩したあとつがい相手と親和交渉を行っていました [5]。コクマルガラスでも同じような報告がありました [6]。でもカラス科のトリのつがいでは、なかなおりは報告されていないのです。セキセイインコのつがいとは違って、カラス科のトリのつがいではめったに喧嘩がおこらないそうです。このことが、なかなおりがみられない理由のひとつ、と考えられています。

つまり、セキセイインコもカラスも喧嘩のあとに同じようなやりとりをします。でもその方法はちょっとずつ違うのです。

実験室での研究のすすめ
さて、私はこれまで実験室で飼育下のセキセイインコを対象に研究を行ってきました。「トリの研究をしています」と言うと、野外に出て野鳥を追いかけるイメージを持たれることが多くあります。

野外で鳥類の研究をしている研究者はたくさんいます。実験室で鳥類の研究をしている研究者もたくさんいます。野外と実験室の両方で研究をしている研究者もたくさんいます。実験室の研究の利点とはなんでしょうか。例えば、個体数、個体の年齢、観察時間など、野外ではコントロールできない様々な条件をコントロールして観察・実験できるということがあります(そして楽しい)。

大学や大学院に進学して鳥類の研究をしたいと思っている人がいたら、ぜひ実験室での研究も視野に入れて研究テーマを探してみてください。実験室ならではの、面白いテーマが見つかるかも!

【引用文献】
[1] Ikkatai, Y., Watanabe, S., & Izawa, E. I. (2016). Reconciliation and third-party affiliation in pair-bond budgerigars (Melopsittacus undulatus). 153, 1173 – 1193.
[2] Gallup, A. C., Swartwood, L., Militello, J., & Sackett, S. (2015). Experimental evidence of contagious yawning in budgerigars (Melopsittacus undulatus). Animal cognition, 18(5), 1051-1058.
[3] Farabaugh, S. M., Linzenbold, A., & Dooling, R. J. (1994). Vocal plasticity in budgerigars (Melopsittacus undulatus): evidence for social factors in the learning of contact calls. Journal of Comparative Psychology, 108(1), 81-92.
[4] Hile, A. G., Plummer, T. K., & Striedter, G. F. (2000). Male vocal imitation produces call convergence during pair bonding in budgerigars, Melopsittacus undulatus. Animal Behaviour, 59(6), 1209-1218.
[5] Seed, A. M., Clayton, N. S., & Emery, N. J. (2007). Postconflict third-party affiliation in rooks, Corvus frugilegus. Current Biology, 17(2), 152-158.
[6] Logan, C. J., Emery, N. J., & Clayton, N. S. (2013). Alternative behavioral measures of postconflict affiliation. Behavioral Ecology, 24(1),98-112.
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2016年09月06日

相関行列(距離行列)を用いた音声の分類・判別手法について

2016年9月6日
(国)農研機構 中央農業研究センター 虫・鳥獣害研究領域
百瀬 浩


あなたが、野外で見知らぬ鳥のさえずりを録音したとします。それが既知の種のさえずりのどれに近いのか、知りたい場合などがあると思います。あるいは、ある種類の鳥が色々なさえずりのパターンを持っていたとして、それを分類(タイプ分け)したい場合とかがあるかもしれません。本稿では、そんな時に使える手法として、異なる音声どうしの相関(Cross Correlation)を用いて分類や判別を行う手法を解説します。

※ブログ形式ですと表現しきれないところがありますので、続きは添付ファイルをご覧ください。

鳥学通信原稿百瀬_160906.pdf
サンプルデータ.zip
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2016年08月17日

86年ぶりに小笠原諸島のメジロの起源を調べた

2016年8月9日
独立行政法人 国立科学博物館
植物研究部多様性解析・保全グループ
杉田典正


小笠原諸島は、東京から南に約1000 kmから1200 kmの南の海上に浮かぶ小さな島々の集まりである(図1)。小笠原諸島は、父島、母島などを有する小笠原群島と北硫黄島、硫黄島、南硫黄島の3島から成る硫黄列島の2つの群島から構成される。小笠原諸島へは、およそ週に一度東京から出港するおがさわら丸に乗って24時間かけて行く方法しかない。母島へ行くには、父島で船を乗り換えてさらに2時間半かかる。もっと南の硫黄列島へは旅行で行くことはできない。小笠原諸島は日本で一番遠い場所のひとつかもしれない。

鳥学通信図1杉田.png


小笠原諸島は、海洋島である。海洋島は、島が出来てからほかの地域と一度も繋がったことがない島のことをいう。海洋島は、独自の生態系がつくられる。小笠原諸島も、他の地域では見られない独特の海洋島生態系ができている。例えば、オガサワラオオコウモリは小笠原諸島唯一の固有哺乳類で、小笠原で独特な行動と生態を進化させてきた。小笠原は、独自の生態系と進化を観察できることが評価され、2011年には世界自然遺産に登録された。

小笠原群島と硫黄列島は、どちらも海底火山に由来する。しかし、島の形成時期が全く異なる。小笠原群島は、約4500万年前の海底火山を起源にする古い島である。一方、硫黄列島は、数万年内に噴火した海底火山と隆起により形成された新しい島である。小笠原群島は、伊豆諸島やマリアナ諸島など周辺の島嶼地域の中でもっとも古い。

小笠原諸島で繁殖する陸鳥の数は少ない。10種の陸鳥が繁殖するのみである。過去にはオガサワラマシコやオガサワラガビチョウ、オガサワラカラスバトなど小笠原諸島固有の陸鳥が生息していたが、絶滅した。メグロは、母島列島で生き残っているが、父島列島と聟島列島で絶滅した。現在、小笠原群島と硫黄列島の両群島に共通して繁殖する陸鳥は、カラスバト、ヒヨドリ、ウグイス、カワラヒワ、トラツグミ、イソヒヨドリの7種類に過ぎない。カラスバトとカワラヒワは、本州の個体群と大きな遺伝的差異があり、ミトコンドリアDNAで別種レベルの深い分岐がある。ヒヨドリとウグイスは、日本列島の個体群のミトコンドリアDNAと比べて数塩置換の違いである。これら5種の小笠原諸島個体群は、亜種に分類されている。トラツグミは、1930年に初めて小笠原諸島で発見され、1960年代頃から増え始めた。ミトコンドリアDNAのCOI領域では、遺伝的差異は見つからなかった。モズは父島で1980年代から繁殖していたが、2000年代の中頃に絶滅したとみられる。

小笠原諸島の陸鳥は、大陸から遠く離れた島であるため個体群間の交流が少なく遺伝的に分岐が進んだ。一方、面積の小さい海洋島では、環境が不安定であり、人口学的要因などによって定着しにくいという特徴もある。小笠原諸島の陸鳥の鳥類相の変遷は、海洋島の特徴をよく表している。

問題のメジロである。日本鳥類目録第7版(2012)によると、小笠原諸島のメジロの分布は、硫黄列島のみresident breederとなっている。父島や母島に行ったことのある方は、「おや?」と思うかも知れない。小笠原諸島の父島や母島でメジロをたくさん見たはずだと。確かにメジロは、現在の小笠原群島にたくさん生息している。もっとも目に付きやすい鳥だ。しかし、今から約百数年前、1900年以前には小笠原群島にはメジロは生息しなかった(図2)。過去の記録でも明らかである。1827年イギリス軍艦ブロッサム号で父島に上陸したBeechey艦長は、ヒトを恐れない黄色いカナリアの様な鳥(おそらくメグロ)を観察したが、メジロは記録していない。1890年の研究でも、小笠原群島でメジロは採集されなかった。ところが1930年になると、メジロは父島で最もよく見られる鳥になっていた。籾山徳太郎は、1930年に発表した論文で、島民に聞き取り調査を行い、1900–1910年頃に硫黄列島と伊豆諸島からメジロが持ち込まれたと考えた。同時に、彼は、小笠原群島のメジロの形態形質に亜種イオウトウメジロとシチトウメジロの中間的特徴があることから、小笠原群島個体群は両亜種の交雑個体群であると示唆した。日本鳥類目録第7版では、小笠原群島のメジロはintroduced breederとされている。しかし、小笠原群島のメジロが本当に硫黄列島と伊豆諸島から持ち込まれたのか、DNA分析による証拠はまだ無かった。

鳥学通信図2.png

DNA分析に使える血液サンプルが硫黄列島のメジロで採られていなかった。硫黄列島は、北硫黄島と南硫黄島は無人島、硫黄島は自衛隊基地のために上陸調査が難しい。特に、南硫黄島は、原生自然環境保全地域に指定されていること、島の全周が切り立った崖で出来ており上陸しにくいことから、学術調査隊が長い間立ち寄っていなかった。だが、一連の硫黄列島の学術調査に参加してきた川上和人博士(森林総合研究所)によって、硫黄3島すべてからメジロ個体群の血液サンプルが得られた。小笠原諸島のメジロの遺伝分析と他の地域との比較が可能になった。

この記事では、小笠原諸島のメジロのミトコンドリアDNAを分析してその起源を調べた研究を紹介する。この記事は、Zoological Scienceで発表された小笠原諸島のメジロとヒヨドリのミトコンドリアDNA分析を行った研究内容にもとづく(Sugita et al. [2016] Zoological Science 33: 146–153)。小笠原諸島のヒヨドリのDNA分析の解説については、BIRDER 2016年7月号(文一総合出版)と森林総研プレスリリース資料をご覧頂きたい。本研究のすべての分子実験は、国立科学博物館の実験室で行った。


独自に進化した硫黄列島のメジロ

硫黄列島のメジロの解析のために、ミトコンドリアDNAのチトクロームオキシターゼcサブユニット1(COI)遺伝子のDNA配列を使用した。ミトコンドリアDNA多型をハプロタイプという(異なるハプロタイプ同士は配列が異なるということ)。図3に赤色で示されている部分が硫黄列島のメジロ個体群のハプロタイプで、4種類見つかった。硫黄列島のメジロ個体群のハプロタイプは、小笠原群島のメジロ個体群を除いて(後述)、他の地域から見つからなかった。硫黄列島の3島を詳しく見ると、南硫黄島の個体群のハプロタイプは他のどの島からも見つからない南硫黄島固有のハプロタイプであった(図4)。

鳥学通信図3.png

鳥学通信図4杉田.png


これらの結果は、硫黄列島のメジロ個体群は、伊豆諸島や琉球諸島のメジロと近縁の関係であることを示している。硫黄列島のメジロは、独自のハプロタイプをもった遺伝的に分化した個体群であることも示している。南硫黄島の個体群は、他のどの島とも遺伝的な交流のないもっとも孤立した個体群であることがわかった。硫黄列島のメジロは、祖先集団が硫黄列島に定着した後、それぞれの島で移動性を低下させて、交流のない独立した集団になったと考えられる。生物進化の見本として、小笠原諸島の世界自然遺産としての価値をさらに高める研究成果となった。

生物多様性は、外来種と在来種との交配などによって容易に低下する。硫黄列島で独自に進化したメジロ個体群は、小笠原諸島の海洋島生態系における取り替えの効かない重要な要素である。特に南硫黄島のメジロ個体群は、他のどの島とも遺伝的に異なる。硫黄列島のメジロの保全は、島単位で考えるべきだ。


連れてこられた小笠原群島のメジロ

小笠原群島のメジロ個体群に固有のハプロタイプは無かった(図3)。小笠原群島のメジロ個体群から3つのハプロタイプが発見されたが、これらは琉球諸島と伊豆諸島、硫黄列島の個体群と共通のハプロタイプであった(図5)。硫黄諸島では、固有ハプロタイプが見つかったことと対照的である。この結果は、メジロが小笠原群島に自然分布していたのではなく、近年外部からメジロが小笠原群島に移入されたことを示唆している。自然分布していたのなら、小笠原群島にも硫黄列島のメジロのように固有ハプロタイプが発見されるはずだ。この見方は、過去の記録とも一致する。

鳥学通信図5杉田.png

伊豆諸島のメジロ個体群は琉球諸島個体群の一部と同じハプロタイプを共有していたものの、籾山の聞き取り調査の結果などを考慮すると、籾山が1930年に発表した仮説の通り、小笠原群島のメジロ個体群は硫黄列島と伊豆諸島から来たと考えるのが妥当だろう。ただし琉球諸島のメジロの関与も否定できない。今回、籾山の仮説以来86年間謎であった、小笠原群島のメジロの起源を現代のDNA分析技術により検証することができた。籾山は、小笠原群島のメジロがシチトウメジロとイオウトウメジロの交雑個体群であるという仮説も提唱した。これについては、今後、核DNAによる詳細な研究が必要である。


様々なルートでやって来た小笠原の陸鳥

小笠原諸島の陸鳥の起源や島間の遺伝的関係性は種ごとに異なる。いくつかの種で小笠原群島と硫黄列島間の遺伝的関係が知れられている。ヒヨドリは、小笠原群島と硫黄列島の個体群でそれぞれ異なる起源をもつ(図6)。ウグイスは、琉球と伊豆諸島以北の個体群から小笠原群島に進出した。その個体群の一部が、さらに南の硫黄列島に進出したようだ。アカガシラカラスバトは、カラスバトと別種レベルの遺伝的差異がある。しかし、小笠原諸島内では、アカガシラカラスバトは、小笠原群島と硫黄列島を行き来している。小笠原群島のヒヨドリは八重山諸島を起源にする。一方、硫黄列島のヒヨドリは本州などの個体群を起源にする。それぞれ時間的にずれて小笠原諸島に定着した。その後互いに交流しなかったようだ。これらの研究結果は、島の形成時期、定着時期、生態的特性、島の群集構造などの違いにより、島によって異なる生物相が成立することを示している。

鳥学通信図6杉田.png


小笠原諸島の世界自然遺産への登録以来、自然再生事業が行われている。小笠原諸島では、鳥のような飛べる動物であっても、島や列島ごとに鳥類相や遺伝構造が異なることがわかった。この結果から、島や列島を単位とした保全計画が必要と言える。

参考文献
Ando H, Ogawa H, Kaneko S, Takano H, Seki S, Suzuki H, Horikoshi K, Isagi Y (2014) Ibis 156: 153–164.
Beechey F (1832) Narrative of a Voyage to the Pacific and Beering’s Strait, to Co-operate with the Polar Expenditions: Performed in His Majesty's Ship Blossom, under the Command of Captain F. W. Beechey, R. N. in the Years 1825, 26, 27, 28. Carey & Lea, Philadelphia, USA.
Emura N, Ando H, Kawakami K, Isagi Y (2013) Pacific Science 67: 187–196.
籾山徳太郎 (1930) 日本生物地理学会会報 1: 89–186.
日本鳥学会(2012)日本鳥類目録第7版, 日本鳥学会, 三田.
Seebohm H (1890) Ibis 32: 95–108.
Seki SI, Takano H, Kawakami K, Kotaka N, Endo A, Takehara K (2007) Conservation Genetics 8: 1109–1121.
森林総合研究所(2016)絶海の孤島、小笠原の鳥はどこから来たのか?2016. Apr. 7. URL: www.ffpri.affrc.go.jp/press/2016/20160407/
杉田典正(2016)BIRDER 30(7): 34–35.
Sugita N, Kawakami K, Nishiumi I (2016) Zoological Science 33: 146–153.
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