2021年10月27日

ポスター賞を受賞して

小原愛美(東京農工大連合農)
  

 このたびは2021年度の鳥学会ポスター賞をいただきまして誠にありがとうございました。

 受賞の連絡を受けたのはカラスたちの世話をしようと家を出たところでした。まさか自分が選ばれるとは露ほども考えていなかったのでたいへん驚きました。
 
 オンライン学会では、気軽な質問がしにくいというデメリットを感じたものの、過去の質疑応答が閲覧できたり、外部のより詳細な論文への誘導を気軽に行えたりというメリットが大きく、楽しい時間を過ごせました。鳥学会大会事務局の方々など関係者の皆様にお礼申し上げます。貴重な機会をいただきましてありがとうございました。

今回の発表の内容について
 ハシブトガラスは都市や農村における代表的な害鳥です。カラスは嗅覚があまり発達していないため、食物の探索や物の認識には主に視覚を利用していると考えられています。カラスをはじめとした鳥類はヒトとは大きく異なる視覚機能を持つことから、カラスの物の認識の仕方はヒトと異なっている可能性があります。

 これまでにハシブトガラスでは、ヒトの顔写真から男女の弁別ができることなどが報告されていますが、カラスが画像をどのように認識し、弁別を行っていたかは分かりませんでした。そこでこの研究では、「ハシブトガラスは画像に写っているものを認識するためにどんな手がかりを使っているのか?」を明らかにするために実験を行いました。
 
 実験では、4羽のカラスに様々な鳥の画像を2枚1組で提示し、その中から正解となる特定の種の鳥の写真を選ぶように訓練しました。訓練を終えたのちに、カラスが見たことのない写真や、加工を施した画像でも正解を選択できるかどうか観察しました。その後、カラスがどのような画像を正解として認識していたのか、どんな手がかりを利用して画像を弁別していたのかを検討しました。

井川.png

スズメの色をしたハトの画像をつついたカラス


 その結果、カラスの弁別は、「画像の色や模様の情報」と「鳥の形の情報」の二つを手がかりとして正解を選択していたことが示唆されました。この色や形の情報は、それぞれ単独では正解を認識するための手がかりとはならず、両方の手がかりを組み合わせて使用していたと考えられました。この結果は、カラスがハトとは異なった認知の方法をとっている可能性を示しています。

 今回の研究は実験に参加した個体数が少なく、さらにそれぞれに個体差が生じているために、すべてのカラスでこの結果と共通の結果を得られるかどうかはわかりません。また、画像を実際の鳥として見ていたかどうかもわかりません。今後はそのあたりを明らかにするために研究を行っていきたいと考えています。
posted by 日本鳥学会 at 14:36| 受賞報告

日本鳥学会ポスター賞[生態系管理/評価・保全・その他部門]を受賞して

信州大学 井川 洋


 この度は2021年鳥学会大会でポスター発賞を頂くことができ,大変光栄に思っております.

 私は信州大学の鳥類学研究室の一期生であることに加え,時勢の影響もあり,先輩や他の研究者との交流が少ない中で研究を暗中模索する必要があり,とりあえず湖畔を自転車で巡る日々でした.そんな中でも,笠原先生や長野県環境保全研究所の堀田様をはじめ,様々な方にお助けいただき,何とか計画がまとまり,発表にこぎつけることができました.研究に協力いただいた皆様に心より御礼申し上げます.

 今回のポスター発表に際しては,データの性質上粗くなってしまった研究結果をできる限り分かりやすく考察し,意見を頂くことに注力しました.そのおかげか,多くの方々に情報や指導を頂き,大きく成長できたと感じています.鳥学会の運営の皆様,審査員の皆様,ポスターをご覧いただいた皆様に感謝しております.
 今回の受賞によってまた更に多くの方の注目と期待を頂いたことを自覚して,それに恥じないよう,今後とも研究に励む所存です.

 ポスター賞の記念品として,mont-bell様からマウンテンパーカー,日本野鳥の会様からアホウドリの水筒,サントリー様からシャンパンを頂きました.前の二点は今後の調査で使い,シャンパンは論文投稿の祝いにとっておこうと思います.その頃にはもう少しコロナの感染状況も落ち着いているといいのですが…

ポスター発表の概要
 ヨシ原は水辺の代表的な植物群落で,様々な生物の生息地ですが,近年の水辺開発による分断化が問題となっています.しかし,分断化されたヨシ原の中でも,条件によっては生育が可能な種もいます.本研究ではヨシ原を利用する生物としてオオヨシキリに着目しました.諏訪湖周辺において,分断化されたヨシ原を本種が利用する上で重要な環境要因について検討しました.

図_井川1.JPG


 諏訪湖の湖岸には面積0.01〜0.4haのヨシ原が点在するのみですが,5〜8月の繁殖期にはオオヨシキリが盛んにさえずっています.そこで,彼らの個体数を目的変数,ヨシ原の面積や構成する植物等の環境要因を説明変数として一般化線形混合モデルで分析を行い,彼らの好む環境を解析しました.結果として,ほぼ全ての調査地点でオオヨシキリは記録されました.また,解析結果から,本種の個体数には繁殖場所となるヨシ原面積やヨシの被度が有意な正の効果を持ち,その重要性が示唆されました.一方でヨシの刈り取りは有意な負の影響を示し,好まれないことが示されました.また,ヨシ原だけではなく,マコモ等の水辺植物も個体数に有意な正の効果を示し,採食場所である可能性が示唆されました.また,特定の月にのみ影響を与える変数も見られました.

図_井川2.JPG


 これらのことから,オオヨシキリの繁殖からみた湖岸のヨシ原管理では,主な生息地であるヨシの他,マコモなどのイネ科植物を採食場所として残すことが重要だと考えられます.

 本研究では行動追跡や繁殖成功の調査は行えていないため,個々の変数の機能や重要性は不明ですが,現在の分断化されたヨシ原とオオヨシキリの関係を粗く広く把握することができました.今後,分断化されたヨシ原の研究の詳細な調査が発展することが期待されます.

 修士課程に進学した現在は調査地を諏訪湖の水源でもある霧ヶ峰に移し,低木除去が鳥類に与える影響の研究を行っています.長野県には複雑な地形を人が改変し,共存してきた歴史があります.ここで人為的な操作に対する鳥類の応答の把握を試み,今後の研究や保全手法の発展につながる面白い研究をしていきたいと考えています.
posted by 日本鳥学会 at 14:36| 受賞報告

2021年10月05日

2021年度の黒田賞を受賞して

農研機構 農業環境研究部門
片山 直樹


 この度は日本鳥学会黒田賞という、大変栄誉ある賞を受賞できたこと、本当に嬉しく思っております。改めて、これまでお世話になった皆様に深くお礼申し上げます。また、先日の私の受賞講演をお聞きくださった皆様、本当にありがとうございました。

 私の研究は、受賞講演でご紹介した通り、農地生態系の鳥類をはじめとする生物多様性と農業活動の関係を、フィールドワーク、市民データ、システマティックレビュー、メタ解析や文化的データベースの活用など、多様なアプローチで探ることです。鳥類学が果たすべき社会的役割を評価していただけたこと、本当に光栄に思っています。私の研究内容の多くは、つい先日、応用生態工学会誌に出版された和文誌総説でも紹介していますので、興味のある方はぜひご覧いただければ幸いです。


写真_片山.jpg

大学院の時から研究をはじめたチュウサギ


 今回は、黒田賞受賞を通じて私が感じたことや、ここ数年間の研究生活について、率直にお話ししたいと思います。まず、私が黒田賞を受賞できた要因を考えてみると、やはり「常勤職として10年近く研究を続けられたこと(テニュアトラック制の5年間も含む)」に尽きるのではないか、と思っています。私自身、博士号を取得してから3〜4年間は、なかなかうまく論文が書けず、沢山のリジェクトを経験してきました。しかし5〜6年目あたりから、特に明確なきっかけはないのですが、一つ壁を越えたような感覚を得ました。そしてその後、Biological ConservationやJournal of Applied Ecologyなど、ずっと憧れていた雑誌にも論文を出版できました。つまり、自分に特別な才能・能力があったのではなく、「継続は力なり」という格言の通りだったのだろうと思います。(もちろん、継続できた自分を少しは褒めてあげたいとも思っています。)

 そのように考えると、もし若手・中堅研究者の雇用問題が一気に解決して、安定した環境で研究を続けることができるようになれば、一体どれだけの魅力的な研究成果が生まれるのだろう、と想像せずにはいられません。もちろん、常勤職でなくても大変な努力と創意工夫をされ、素晴らしい研究成果を挙げてきた方々も、歴代の黒田賞受賞者を含め数多くいらっしゃいます。そうした方々には、本当に畏敬の念しかありません。しかし、如何に突出した研究者であっても、少数の人間だけでは鳥類学の発展は望めないと思います。なぜなら、様々な種の生態や進化を解き明かし、また保全につなげるには、多くの人間の協力が不可欠だからです。だからこそ、鳥を愛する一人でも多くの方が、安心して研究や活動に取り組むことのできる社会になることを願っています。こうしたメッセージを、黒田賞の受賞者から発信することに何かしらの意味があれば、と思っています。

 さて、ここ数年の研究生活についても、少し触れたいと思います。私にとって最も大きな出来事は、子どもが生まれたことです(現在、5才と1才になりました)。これによって、私の生活や価値観は劇的に変わりました。子どもたちが生まれてきてくれたのは本当に幸せなことですが、子育てに「休日」はないので、フィールドワークに行ける機会は相当に制限されます。そこで、自分の研究スタイルを大きく変えることにしました。フィールドワークの時間を大きく減らし、市民データの活用、文献レビューやそれを応用したメタ解析など、空き時間に進められる研究をメインにしました。この変化は、研究の幅を大きく広げてくれるなど、ポジティブな影響をもたらしてくれました。そう考えると、黒田賞を受賞できたのは家族のおかげかもしれません。

 しかし、得るものがあれば失うものもあります。研究と育児の両立には、本当に悩みました(今も悩みは尽きません)。この話を始めるとあと数千字は軽く書けそうですが、誰も読まないと思うのでやめておきます。一つ言えることは、鳥学会は子どもを持つ研究者に対してとても優しい、ということです。実際、今回のオンライン大会でも託児サービス利用料を補助していただき、そのおかげで安心して大会に専念することができました。大会事務局の皆様のご配慮に、この場をお借りしてお礼申し上げます。

 長々と、研究内容と関係ない話ばかりしてしまいました。来年は、コロナの問題が落ち着き、網走で皆様とお会いすることができるでしょうか。一年後、社会がどうなっているのか、私には全く想像もつきません。対面の良さ、オンラインの良さ、それぞれあると思います。それぞれの良いところを合わせ持った社会になることができるのでしょうか。希望を持って、一年後を楽しみに日々を過ごしたいと思います。

 このような雑文を最後まで読んでくださった皆様、本当にありがとうございました。

posted by 日本鳥学会 at 20:35| 受賞報告

2021年09月27日

2021年度中村司奨励賞を受賞して

澤田明(国立環境研究所・学振PD)


皆様こんにちは、国立環境研究所・学振PDの澤田明です。このたびは中村司奨励賞をいただき誠にありがとうございました。本賞の基礎となる基金を創設くださった中村司博士、審査選考を行っていただいた鳥学会基金運営委員と評議員のみなさまにもお礼申し上げます。今回の受賞対象となった論文は、私が大学院生の間に国立環境研究所の安藤温子博士、北海道大学の高木昌興教授と共同で行った研究を記した論文でした。研究の立案から発表に至るまで、ご協力いただいた共同研究者のお二人にも改めてお礼申し上げます。

受賞対象の論文はJournal of Evolutionary Biology誌に掲載された「Evaluating the existence and benefit of major histocompatibility complex-based mate choice in an isolated owl population」というタイトルの論文です(https://doi.org/10.1111/jeb.13629)。この研究は、南大東島のリュウキュウコノハズク個体群(亜種ダイトウコノハズク)を用いて、免疫にかかわるMHC遺伝子にもとづく配偶者選択の存在と、その配偶者選択がもたらす適応度上の利益の検証を行いました。以下ではこの研究について始めたきっかけから今後の展望まで紹介いたします。

2015年、当時学部4年生だった私は高木先生に連絡をとり、大学院から高木先生のもとで沖縄での調査研究をしたいと相談しました。このとき研究計画を練るうえで、私は2008年に高木先生らが発表していたダイトウコノハズクの近親交配回避に関する研究に興味を持ちました。もともと動物の血縁者間の関係は面白そうと思っていたので、血縁や近親交配をキーワードにダイトウコノハズクでの研究を進めることにしました。ダイトウコノハズク個体群は南大東島という隔離環境に生息する小さな集団なので、必然的に集団内の個体は互いに血縁者という関係になっており、血縁に関する研究を行うには適した研究材料でした。

2016年の野外調査を終えて高木先生のもとで相談をしていく中で、配偶者選択に関わるとされる免疫系の遺伝子Major Histocompatibility Complex (MHC)を調べてみようということになりました。MHCは免疫系において細胞と抗原が結合する部分のタンパク質をコードする遺伝子です。抗原と結合する部分のアミノ酸配列には豊富な多型があり、その豊富さが多様な抗原と結合することに寄与していると考えられています。ゆえに、異なるMHC遺伝子を持つ相手とつがうことが出来れば、生まれる子は自身のMHC遺伝子と相手のMHC遺伝子の両方を兼ね備えることで多様な抗原に対処できるようになると考えられます。MHC遺伝子に関して異なる相手を選ぶことで近親者との交配が回避でき、かつ、その行動には次世代の子の病原体への抵抗性能向上という適応的利益があると考えられるわけです。

様々な分類群の動物で実際にMHCが異なる相手とつがう傾向があることが示されています。しかし、そうした配偶者の選択によって子の世代を介して生じる適応度の向上は,これまでほとんど検証されてきませんでした。なぜなら、それを検証するには個体の生涯を追跡して生存や繁殖を記録し続ける必要があり、野生動物に対してそのような調査は多くの場合困難なことだからです。しかし、本研究で用いたダイトウコノハズク個体群は,2002年から現在に至る約20年間にわたって繁殖のモニタリングが行われており、生存や繁殖のデータも得られています。すなわち,ダイトウコノハズク個体群はMHCにもとづく配偶者選択の適応度利益の検証が可能な貴重な系とえます。

2017年春に安藤さんのご協力のもと、2016年に繁殖したつがいのMHC class II exon2 の配列を次世代シーケンサーで決定しました。実際のつがいのMHCに関する違い(2個体が持つアリルの可能な組み合わせのすべてで求めたアミノ酸置換数の平均値)を,ランダムに作出した仮想つがいのMHCの違いの分布に対して比較しました。その結果、実際のつがいのMHCの違いは,ランダム交配の場合に予想される値を逸脱し,ダイトウコノハズクはMHCが異なる相手とつがいになっていることがわかりました(図)。
図.png

また, 2016年のつがいから生まれた子の2018年までの生存履歴データを標識再捕獲法で解析することで、それらの子の生存率に親のMHCの違いが寄与しているかを検証しました。その結果、親のMHCの違いが子の生存率向上に貢献している確証は得られませんでした。なお、2002年から2018年までの繁殖モニタリングで生涯の繁殖を追跡できた個体のデータから、長生きする個体ほど(つまり生存率が高いほど)生涯に残す巣立ち雛数が多いという傾向があることを確認しました。すなわち生存率が適応度指標となり得ることを確認しました。

以上の結果から,ダイトウコノハズクの親はMHCの異なる相手を選んでいるが,その配偶者選択により長生きで多産な子を残せるという従来仮説が仮定する適応利益を得ているとはいえないことが推察されました。これは子の世代の適応度要素データからMHCによる配偶者選択の利益を検証した世界的に貴重な研究事例です。

この研究をきっかけに大学院卒業後の現在は学振PDとして安藤さんに師事しています。リュウキュウコノハズクが島嶼個体群であるという特性を生かし、今年から新たな研究系として波照間島個体群の調査も立ち上げました。波照間島のリュウキュウコノハズク個体群も南大東島同様に小さな集団ですが、周辺には八重山諸島の他の島々があります。南大東島と波照間島で同じ点、異なる点を見出しそこから新たな面白い研究を展開できればと思っています。これまでの研究ではMHC遺伝子に絞った解析を行いましたがこれからはゲノム上の様々な遺伝子を対象に、鳥類の配偶者選択の研究を深めていきます。次は黒田賞を目指して研究に励んで参ります。
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posted by 日本鳥学会 at 13:07| 受賞報告

2021年04月22日

2019年度の黒田賞を受賞して

国立環境研究所 生物多様性領域
吉川 徹朗


 2019年度に黒田賞という栄誉ある賞をいただきました。大変光栄で嬉しく思っています。受賞から1年半以上経ってしまいましたが、これまでお世話になった関係者の皆様に深く御礼申し上げます。

 寄稿の依頼をいただいたので、これまでの私の研究の経緯についてご紹介したいと思います。私が研究してきたのは、鳥類と植物との関係、特にその相利関係と敵対関係の複雑な絡み合いです。鳥たちが樹木の果実を食べたり花蜜を吸ったりする姿は身近な場所でよく見かけますが、彼らは種子や花粉を運ぶという、植物繁殖になくてはならない働きを担っています。このように植物と助け合いの関係にある「味方」の鳥がいる一方で、植物の種子や花を破壊する鳥もいます。こうした植物の「敵」になる鳥たちは、植物の繁殖にどのような影響を与えているのか?彼らも含めて考えると鳥と植物の関係はどうなるのか?こういったテーマに取り組んできました。

 なぜそうした研究をすることになったのか?研究室に入った時のテーマの選び方は人によってさまざまです。(1)自分のやりたいことを確固として持っている人、(2)自力で計画を練り上げる人、(3)指導教官から与えられた課題を選ぶ人、(4)ノープランの人。私の場合は、鳥と植物の関係を研究する意思は堅いが具体的な計画はゼロという、(1)と(4)の混じったタイプでした。具体的なテーマに行き着いたのは研究室に入って随分経ってからで、大学植物園でイカルが大量の種子を破壊する現場に遭遇し、植物の敵としての鳥類に着目して研究することにしたのです。ただ、ほぼ誰もやっていないテーマを選んでしまったため、その後の研究ではさまざまな紆余曲折を経験することになります。数年の野外調査を経て、イカルが植物の繁殖を制限するという新しい発見を論文にできた(Yoshikawa et al. 2012 Plant Biology)ものの、研究の歩みはとても遅いものでした。

 そうしたなか私がなんとか研究を発展させることができたのは、先人の残した文献記録や市民ボランティアの方が積み重ねた観察記録と出会ったのがとても大きかったです。とりわけ、当初行なっていた野外調査が行き詰まって研究の方向性に迷っていた時に、日本野鳥の会神奈川支部の方々が収集されてきた観察記録と出会えたことは決定的でした。この膨大なデータから鳥類と植物の繋がりのネットワークについての新しい発見をする幸運に恵まれました(Yoshikawa and Isagi 2012 Oikos; Yoshikawa and Isagi 2014 Journal of Animal Ecologyなど)。データを分析するなかで鳥と植物の繋がりが見えたときの興奮はよく覚えています。こうしたアマチュアの方による観察記録は、生態学や鳥類学にとって大きな財産であることは間違いありません。

 こうして振り返ってみると、私の研究は有形・無形のさまざまな研究インフラに支えられてきたという感を強くします。こうした研究インフラ、研究を支えて育む「土壌」というものは数多くあります。文献や資料や標本を蓄積する図書館や博物館、市民の方の観察記録のアーカイブ、あるいは自由にアイデアを議論できる研究室や学会という場。そうしたさまざまな「土壌」の中で、観察を続けたり考えを巡らせたり人と話したりするうちに、(たとえ小さなものであれ)新しい発見や発想があり、それらが研究を進める原動力になる。研究に必要なのは、さまざまな豊かな「土壌」と、そこで生じるちょっとした偶然ではないかと思っています。実際の研究プロセスはさまざまな停滞や失敗や妥協を含み、それほど綺麗にまとめられるわけではありませんが、そうした流れが研究の理想的なモデルだと考えています。

 現在進めているヤマガラと猛毒植物との相利関係の研究も、そのような「土壌」から生まれたものといえるかもしれません。ここでの「土壌」は、研究上の発見やアイデアを自由に話せる場のことを指します。この研究の最初の発端は、猛毒のシキミ種子を食べるヤマガラを大学植物園で偶然見かけたことでした。それから数年後、半ば忘れかけていたこの発見を立教大学の上田恵介先生の研究室で話したところ、多くの人に面白がってもらったのが、この研究を始めた経緯です。その後2年間の共同研究で分かったのは、ヤマガラだけがシキミの木から種子を運んでおり、またネズミ類も稀に地上に落ちた種子を運んでいるという予想外の事実でした(Yoshikawa et al. 2018 Ecological Research)。なぜヤマガラやネズミ類は猛毒に耐えられるのか?これらの動植物間の相利関係はどのように進化してきたのか?小さな発見から生まれたそうした疑問に導かれながら、また新しい知見を積み重ねて、研究を大きく育てていけたらと願っています。

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シキミ果実から種子を取り出すヤマガラ
(Yoshikawa et al. (2018) Ecol Resより. 上田恵介撮影)


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種子を取りにきたヒメネズミ


また今後は微力ながらも、研究を育む「土壌」作りに貢献することができたらと思っています。私が研究の素材として使うことができた文献や標本、観察記録、またそのほかの多くの資料やデータも、数知れない方が膨大な労力を投じて収集・管理されてきたものです。こうしたものの価値は近年ないがしろにされがちですが、その凄さを感じさせる仕事を私はやっていきたい。そうした蓄積されたデータや資料の価値を引き出す成果を出して、「土壌」に何かを還元することができたらと思っています。

 最後になりますが、なんとか私が研究をやってこられたのは、出身研究室の先生方やラボメンバーの支えがあり、学位取得後も研究仲間に恵まれたことにあります。皆さんに心からの御礼と感謝を申し上げたいと思います。

posted by 日本鳥学会 at 18:10| 受賞報告

2020年10月12日

2020年度の黒田賞を受賞して

明治大学 研究・知財戦略機構
山本誉士 http://ytaka.strikingly.com

 この度、2020年度の黒田賞を受賞することができ、大変名誉に思っております。残念ながら今年度の受賞講演は延期となりましたが、鳥学通信の場をお借りして、関係者の皆さまへの御礼と受賞の感想を述べさせていただきたいと思います。

 まずは私の研究内容の概要について。私はこれまで動物装着型データロガー(バイオロギング)を用い、主に海鳥類を対象として、彼らの繁殖期の採餌や非繁殖期の渡りといった、海上での移動と行動を明らかにしてきました(e.g. Yamamoto et al. 2010 Auk, 2014 Behaviour)。そして、衛星リモートセンシングデータ解析などを組み合わせることで、海鳥類がどのような海洋環境を選択的に利用しているのか、また環境変動と関連して空間分布がどのように動態するのかといったメカニズムの理解に努めてきました(e.g. Yamamoto et al. 2015 Mar Biol, 2016 Biogeosci)。近年では、鳥類の環境利用の特徴を統計モデル化することで、環境情報から時空間分布動態の推定にも取り組んでおります(e.g. Yamamoto et al. 2015 Ecol Appl)。さらに、海鳥類の空間分布データの一部を用い、生物多様性保全に関わる保全海域の選定に還元してきました。

 一方、海鳥類は陸上で集団営巣するため、繁殖地での行動観察やモニタリングなどによって、様々な生態が明らかにされてきました。しかし、海上における行動観察の困難さから、これまで断片的なデータをもとに解釈されたり、理論が提唱されたりしてきました。この点において、データロガーを用いて海上での行動も捉えることで、よりシームレスに繁殖生態の特徴や個体数変動の要因などの解明に努めております(e.g. Yamamoto et al. 2017 Ornithol Sci, 2019 Curr Biol)。

 さて、このような機会ですので、私のこれまでの苦悩(?)についても、少し回顧させていただきたいと思います。そもそも、私がなぜ鳥類を研究対象に選んだのかというと、それは「たまたま」でした。元々は、なんとなくペンギンの研究をしてみたいなと思っておりましたが、いきなり海外で野生のペンギンを研究対象とすることは難しく、大学院時代の指導教官の勧めによってオオミズナギドリの研究に取り組みました。そのため、このようなことを申すのは少し気が引けますが、私は鳥についてすごく興味があるかと言えばそうでもありません。私が識別できる鳥の名前は海鳥類を含めても数少ないです。それ故、鳥に詳しい人々が集まる日本鳥学会は、学生の時分にはハードルの高い場所であり、少し引け目(劣等感?)を感じていました。また、「とりあえずロガーを付けてみる」という私のスタンスが、研究の基本である仮説検証型ではなかったことも理由の一つかもしれません。しかし、フィールド調査を通して自然の中に身を置くことで、現象を理解する面白さや、研究対象としての鳥類の魅力を感じてきました。また、データを解析することで、これまで予想していなかった行動を明らかにできるデータ駆動型スタイルも、ロガーを用いた研究の醍醐味の一つであると今は強く感じております(e.g. Yamamoto et al. 2008 Anim Behav)。ジェネラリストかスペシャリストか?仮説検証型かデータ駆動型か?鳥類に限らず、哺乳類も含めて、様々な動物種を対象に研究する私のようなスタイルはジェネラリストであり、一方で移動という側面から動物の環境適応の理解に取り組むスペシャリストでもあります。また、現在でもデータを解析することで特徴を見出すデータ駆動型の研究を推進しつつ、その過程においてフィールドで発見した疑問などを基に仮説検証型の研究にも取り組んでおります(Yamamoto et al. 2016 J Biogeogr)。研究ベクトルには様々ありますが、分野を越えて多様な手法を取り入れつつ、特にこだわらないというこだわりが私の研究スタイルであると、いまは自信を持っていえます。

 もしかすると、鳥学会に参加している学生さんの中にも、かつての私のように、鳥に詳しくないことで引け目を感じている人がいるかもしれません。また、自分に研究ができるか不安に思っている人もいるかもしれません。でも、きっと大丈夫です。学生の時の私は決して優秀であるとは言えず、劣等感の塊でした。今回、そんな私が黒田賞を授与されるに至ったことが、若い世代の人々の励みの一つになれれば嬉しく思っております。鳥類学者だからって、鳥が好きだと思うなよ(コピーライトマークK先生)。でも、今後も「楽しみながら」鳥類の研究に取り組むとともに、日本鳥学会のさらなる発展に貢献できるよう努めて参りたいと思っております。最後に、あまりに多すぎるためここでは述べることができませんが、未熟な私をこれまで根気強くご指導いただきました先生方や先輩方、またフィールド調査でお力添えをいただいた全ての方に、心より感謝と御礼を申し上げます。

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アルゼンチンでのペンギン調査の様子
posted by 日本鳥学会 at 20:26| 受賞報告

2020年08月27日

2020年度中村司奨励賞を受賞して

西田有佑(大阪市立大学)

 皆様こんにちは、大阪市立大学の西田有佑です。このたび、「モズのはやにえ」に関する私の研究成果に対し、2020年度の中村司奨励賞を頂けることになりました。栄誉ある賞で大変嬉しく思っております。今年はコロナ流行の影響で鳥学会の年次大会が中止となり、受賞した研究内容を発信する場が残念ながらなくなってしまいました。そこで、鳥学会の運営委員の方々にお願いしまして、鳥学通信の場をお借りして、この記事を掲載させていただきました。委員の皆様ありがとうございました。

 私が研究しているモズは、昆虫などを好む食肉性の小鳥です。ときおり捕まえた獲物を枝先などの鋭利な場所に突き刺し、そのまま放置することがあります。この串刺しの獲物を「モズのはやにえ」といいます。モズがなぜはやにえを作るのか、これまでたくさんの仮説が提案されています。大きな獲物を食べやすい肉片に引き裂くための行動、なわばりの領有権を主張するマーキング行動、なわばりの餌の豊富さや餌採りの上手さを誇示する行動などです。そのなかでも最も有力視されてきたのが「冬場の保存食」仮説です。モズは餌の少ない冬に備えて、はやにえをせっせと貯えているという主張です。いろいろ文献を調べてみると、おもしろいことが分かりました。簡単に調べられそうな仮説なのに、ほとんど検証されていないのです。誰でも思いつきそうな仮説なので、鳥類学者の興味をそそらなかったのでしょう。しかし、これは「はやにえ研究」の先駆者になれるチャンスです。というわけで、私は冬場の保存食仮説の検証に乗り出しました。

 はやにえが冬場の保存食ならば、気温が低く、餌不足に苦しむ時期にモズたちははやにえを一気に回収するはずです。その結果がこちら(図1)。モズの雄のはやにえの生産時期と消費時期を表したグラフです。生産のピークは10〜12月で、モズは毎月約40個のはやにえを貯えるようです。比較的暖かく、餌の豊富な秋にはやにえを貯える傾向があると言えそうです。次に消費時期です。はやにえの消費量は気温が低くなるにつれてどんどん増えていき、消費のピークは1月だと判明しました。この時期は1年で最も寒い時期、平均3℃程度。どうやら予想通り、モズは餌の少ない冬に向けて、はやにえを貯えていると言えそうです。これにて一件落着!…でしょうか?

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図1 モズのはやにえの生産量と消費量の季節変化と気温の関係。横軸の数値ははやにえ調査を行った月を、白の棒グラフは月々のはやにえ生産数(平均値±SD)を、赤の棒グラフははやにえ消費数を、青の折れ線は最低気温の平均値を表す。

 図1のグラフをみて、少し不思議に思うことがありました。はやにえの主な機能が冬の保存食ならば、1月と同じくらい気温の低い2月にももっと多くのはやにえが消費されてもよいはずです。しかし、はやにえの消費量は1月がもっとも多く、2月ではわずか。これは、はやにえには「冬の保存食以外」の機能も備わっている可能性を示唆しています。はやにえの消費がピークとなる1月は、モズの繁殖シーズンの開始直前であることを踏まえると、はやにえの新機能は繁殖となにか関係があるかもしれません?

 モズの雄は繁殖期になると、メスへ求愛するために活発に歌い始めます。私の過去の研究では、早口で歌う雄ほどメスにモテること、栄養状態の良いオスほど早口で歌えることが分かっていました。もしかすると、モズのオスは歌の魅力を高めるための栄養補給として、はやにえを食べているのでは?と大胆な仮説をたててみました。仮説を検証するため、まずは繁殖開始前のはやにえの消費量と繁殖期の歌の魅力度(=早口さの程度)の関係を調べました。結果がこちら(図2)。なんと!はやにえをたくさん食べていた雄ほど、早口で魅力的に歌うことが分かったのです!この結果は本当に正しいのでしょうか?念のため、実験もしました。
雄のなわばり内のはやにえをすべて取り除いた「除去群」(すまない!モズたちよ!)、はやにえの個数を操作しなかった「対照群」、大量の餌を与えた「給餌群」を用意。もしはやにえが歌声に影響を与えるならば、3つの実験条件で歌声の魅力(=早口さの程度)が異なるはずです。すると予想通り、対照群に比べて、給餌群のオスは早口で歌えるようになり、メスをすぐにゲットできたのに対して、除去群のオスはのろのろと歌い、繁殖期中ずっと独身のままでした。つまり、モズのはやにえは「歌声の魅力を高めるための栄養食」としての役割を果たしていたのです。

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図2 繁殖開始直前のはやにえ消費量と、モズの繁殖雄の歌唱速度の関係。歌唱速度の値が大きいほど、早口で雄は歌い、雌にとって魅力的な歌声であることを表す。

 モズのように餌を貯えるふるまいは、専門的には「貯食行動」といいます。貯えた餌は餌資源の不足を補うための食糧であるという解釈がこれまでの主流でした。モズのはやにえにも「冬場の保存食」の役割がありましたが、さらに「歌声の魅力を高める栄養食」の機能もあわせもつことを突き止められました。つまり、モズのはやにえは生きるためにも、恋を成就させるためにも重要な食料だったのです。
posted by 日本鳥学会 at 15:23| 受賞報告